83.“野ばら煮物”のひつじ鍋
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「……うまいな……」
「おいしーい」
「もふぉふぉお」
ナイアル、イスタ、アンリは三者三様の感嘆をもらした。
ひと騒動が落ち着いて、“第十三遊撃隊”がテルポシエへと帰りかけてみれば、もう夕方である。
せっかくだから、とフォレン村の老舗料理店・“野ばら煮物”も視察してゆくことにした。
フォレン村と言ったらこれ、とされる逸品……ひつじ鍋である。
一体どれだけ長く煮込めば、こんなにやわらかくなるのだろう? ふるりと骨から外れる羊肉は、噛みしめるたびに味がしみ出す。ぶつ切りにされた人参とかぶ、輪切り玉ねぎは煮とける寸前の絶妙の食感をたもって、口中であたたかくほどけてゆく……。
「ひつじ臭さが全然ないね。もう秋口なのに」
「そこのところは、やはり生の香草が活躍してんだよ」
するどい味覚の若き秘蔵っ子イスタに、初代蜜煮おじさんがまるい頬をぺかっとてからせて答えた。
その横、よく似た頬をばら色にてからせて、甥のアンリが同調する。
「昔から、まったく変わらない味だね……! おじさん」
「ほんとだな」
このフォレン村で過ごした少年時代の夏を思い起こして、アンリは羊肉を噛む。
――ああ、なつかしい味だ……。帰りたくても帰ってこられなかった十年のあいだ、俺は羊鍋をつくる時には、ずうっとこの味を目指してきたのだっけ。やはり、まだまだ及ばないなあ……!
ひたすら、おいしい。ただただ、なつかしい。
感極まって、目と鼻の奥が熱くなる……料理人はそっぽをむく。隠しからなまこ柄ふきんを取り出し、後ろで盛大に鼻をかんだ。ぶびーん。
「すみませーん。熱いものは、どうしても~」
言い訳がましく笑ってみせる、周りはもちろん気にしないでやっていた。と言ってもビセンテは骨を噛み、ダンは上の空なのだが。
「……まあそれは、わかるんだがよ」
「? 何です、ナイアルさん。いつも以上に、微妙な顔して……?」
「お前な。手巾がわりにふきん使うの、そろそろやめんか……?」




