82.ただいまフォレン村!
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果樹園の外れ。熟れかけて芳醇な香りを放つ黄梅の樹々のあいだで、ヴィヒル少年と老人が、森を抜け出た一行を待ち構えていた。
アラン同様に耳のよい息子のヴィヒル少年が、“第十三遊撃隊”のやかましき気配を聞きつけていたのだろう。
「お母ちゃん!! あっ、リオナだ……見つけたんだね!?」
「そうよー。取り返してきたんだから、安心おし」
獣人の背中からひらひら手を振る母のもとに、息子は駆け寄る。
「おじさん……! 来てくれていたの!」
アンリは即座に頬をてからせながら、まるまるとした小柄な老人のもとへ小走りに近寄った。
ぺかっ! 走り寄られた老人の頬もまた、もも色にてかる。白い口ひげを生やした初代蜜煮おじさん、アンリの母方のおじだ。蜜煮屋を引退して店をヴィヒルに譲り、今は村はずれの小さな家に住んでいる。
「皆に話を聞いてな、留守番に来とったんだ。ヴィヒルさんとミオナちゃんは、駅馬でテルポシエに向かったぞ」
ヴィヒル少年は、村長さん宅へ連絡に走った。一行は魔女と娘を店の中に運び込み、やはりぐうすか爆睡中のリオナを長椅子にのせる。アランは店の内所で傷を洗った。
やがて、往来の方からどやどやとしたざわめきが聞こえてきた。アンリが店の正面扉を開けると、りっぱな馬が数頭、門前あたりにいる。
軍馬を借りたらしい、父ヴィヒルの後ろに同乗していた長女ミオナが、すばやく降りて走り寄ってきた! 娘に向かって、アンリは頬のてかりを最大限に上げながら叫んだ。
「見つけたよー! リオナちゃんは、無事だよー」
わああ、騎乗の全員が安堵の歓声をあげた。その周り、来合わせていたフォレン村の人々も、どっと声をわかせる。
内所に走り込んだミオナ、続いて父ヴィヒルは、長椅子の端に座るアランと、眠り続ける末っ子の姿を見た。
がばり、……大きな体躯をかぶせるようにして、ヴィヒルは妻を抱きしめる。
「いた、いたた、ちょっとヴィー、ひげが痛い。これはたいした傷じゃないっての、……あ~もう、泣かないでって……」
常人に聞こえぬ声でむせび泣く父の後ろで、ミオナは立ち尽くしたまま、真っ赤な顔をゆがめていた。
「よかった……、連れて行った悪い人達は……?」
泣き出したいのを必死に我慢するように、低い声を絞り出しながら、傍らにいるナイアルとイスタを見上げる。
「追っ払った。あとで母ちゃんから、詳しく話を聞かしてもらいな」
副長の言葉に、少女は小さくうなづく。
「お前も頑張ったな。……おばちゃんを、連れてきてくれたのか」
「……エリンさんが、お城に一緒についてきてくれて、……」
言葉の終わりは、がくがくと始まった震えにかき消された。
ミオナはうつむいたまま、ナイアルの革鎧胴にぶるぶるとすがりつく。少女の中では恐怖と安堵が一挙にないまぜになって、めまいがしていた。ナイアルは静かに顔を上げて、娘の背後に目をやる。
「……ありがとよ。直接リオナをさらった奴らは、アランと俺らがのして追っ払ったが、仲間がいないとも言い切れん」
「その手の不審者は、今のところどこの網にもかかっていない。しばらくは街道に人員を配備して、狩り続けるから心配いらない」
ミオナの肩を抱きつつ言ってよこしたナイアルに、戸口ちかく音もなく佇む大柄な女は低く答えた。革鎧の上に海松色の巻外套姿、その後ろには墨染黒衣の傭兵らしいのが三人控えている。
「イオナちゃん」
魔女に声をかけられて、王妃はふわりとヴィヒルの背後に立つ。燃えたつような豊かな赫髪を揺らして、兄の腕の上から、イオナはアランを抱きしめた。




