81.声音の魔女VS声音の魔女
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今度は慎重に阿武熊のえさ場を迂回して、“第十三遊撃隊”の一行は窪地に戻ってきた。
折り重なった巨石の前に、小さな青い影が座り込んでいるのが見える。
「え……ちょっと、アランさぁぁん!? 負けちゃったんですかぁぁッ!?」
濡れ長靴でべたべた駆け寄ってきたアンリに向けて、魔女は力なく顔を上げた。
「なわけ、ないでしょうがッ。勝ってのしたんだけど、隙をついて逃げられちゃったのよッ。あー……、リオナちゃん! 良かった、みんなありがとう」
イスタが背中の娘をゆすり上げて見せると、声音の魔女は笑顔になった。しかし、その小さな顔が蒼白である。追いついて来たナイアルが、側にしゃがみ込んだ。
「おい……アラン。お前、怪我をしたのか!?」
黒い股引の左膝上あたり、巻き付けた首巻布が暗く血に染まっている。
「大丈夫。もう自分で止血したから」
「回復毒は……?」
「そこまで瀕死じゃないわよ。ところであの女、あんた達と同じ方向へ逃げてったんだけど、かち合わなかった?」
アンリは首をひねる。
「いいえ、全く……」
「他の仲間二人に、合流する気だったのかもね。でもアンリが倒しちゃったし、頼みの綱の舟はダンが持ってきたから……」
イスタは、ちろりと後方の隊長に視線を投げる。……見るからに浮き浮きしている、ダンは早く帰営してこの小舟を修繕・改造したいのだ。
「……となるとスターファさん的には、あとは奥の森へ入りこむしかなくなります。けれどそこは、イリョス山犬の縄張りなのです……!」
「げぇっ、そうなのかッ!?」
ナイアルは、アンリの言葉に震え上がった! イリョス山犬……、深い森の奥に群れをなして棲息すると言う、恐ろしきけものである!
「……放っといていいわ。リオナちゃんは取り返したんだし、ね……。よっこいせっと」
ふらつきながら、アランは立ち上がった。
「さっさとフォレン村へ帰りましょう」
「おい、無理したらいかん。俺におぶされ、アラン」
「え~? やだぁ、ナイアル君の背中、がちがちに硬そうじゃないのー」
「……」
「アランさーん。俺の背中のおにくは、やわらかですよ~!」
「あんたはそもそもお鍋しょってんじゃないのよ、料理人。ここは手頃にしなやかそうな、ろん毛兄貴にお願いするわー」
かくして小っさい魔女は小さい娘同様、おぶわれて出発した。一列になって、やってきた道を逆にたどる……フォレン村へ。
「……歌っていたと、言っていたね」
ビセンテだけに伝わる声にて、アランは獣人に囁いた。
「あの女、あたしの……あたし達の、同族よ。けれど修行は全くしていなくて、使い方はぜんぶ自己流だった」
声音の力で他人の身体の自由を奪い、拘束するのは、アラン自身もよく使う術である。東部ブリージの民の祭祀職……“声音の一族”に連なる者、その中でも特に秀でた声音つかいの能力のひとつだが、それをスターファは使っていた。
さらに、鳥たちを自分のいいように操ってもいた。これはアランも知らない、初めて見る変わり種の術である。こんどおじにきいてみよう、とアランは内心で思う。
スターファとアラン。
声音の力も剣技も、スターファはアランに及ばなかった。しかし、演技だけはスターファがまさっていた、とみえる。
――丘の上のわるもの……。ギルダフの奴を拘束できていた、あの声音で捕らえられたと思ったのに。
術にはまり無様に転がった……と見せかけて、スターファはアランの左脚に一撃を見舞った。気力なのか何なのか、そこだけ自由を確保しておいたらしい左手で、広刃の短剣を突き立てたのである。
……そしてアランが息を呑んだその瞬間、一挙に拘束を引き剥がして逃げた。
アランはぼそぼそと語る、……ビセンテは無言で聞いている。
「この後、あの女とその裏の組織がどう出てくるのか……。もう会わないかもしれないけれど、あんたもナイアル君達と、よく気をつけててちょうだい」
夫ヴィヒルに、義妹イオナに、テルポシエ城のメイン王とエノ軍に、スターファのことを話し情報を共有しようと心に決めて、アランはビセンテにそうつぶやいた。
「女は殺んねぇ」
そこまで何も言わずに聞いていた獣人が、ぽつんとぶっきらぼうに応える。




