8.爆走馬車、岬の集落へ
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東の市門厩舎に行くと、アンリ達の知らない若い男性が、お婆ちゃんの小型馬車脇で待っていた。
素朴な農家風の青年は、トマロイと名のって“第十三遊撃隊”の面々に丁寧に頭をさげる。岬の集落の村長さんの、親戚すじの人だという。
「お城のエノ軍には、俺が届け出をしておきました。でも、深刻な事態と受け取ってもらえたかどうか……」
「心配しないでください。こんな悪いこと、続けられるはずがないんですから!」
アンリは、不安げな青年の腕を軽く掴んで、うなづいてみせた。
皆を載せて、馬車は市外壁を出る。
からから……がらがら……ぐわららららーん!!!
まわる回る車輪がまわる、分厚いテルポシエ市壁が早くも遠ざかってゆく!
「お、お婆ちゃぁぁん! 相変わらず、飛ばすなぁ!?」
軽量型馬車の座席にしがみついて、ナイアルがうなった。
「何という加齢な……華麗な加速! さすが往年の“怒涛のミサキ”!!」
暦は夏でも、常に肌寒いテルポシエ。すさまじい速度にのって、びんびん吹きすさんでくる冷たい空気に焼きたて頬ぺたを赤くてからせながら、アンリは合いの手を入れて御者台のお婆ちゃんを鼓舞した。
「少し右脇へ寄せてください、対向馬車がくる」
御者台の隣に座ったトマロイ青年が、冷静に誘導している。やや目の衰えてきたお婆ちゃんだが、視界さえ補ってもらえば、状況判断はしゃっきりしている。まだまだ現役で爆走できるのだ、免許返上は当分先である。
緑のけむる湿地帯の中を縫って、灰白色になだらかにのびる道の上を、馬車はすべるように走ってゆく。
アンリはふと顔を上げ、左後方にはるか遠くなってゆくテルポシエ市を振り仰いだ。どかんと平べったく構えた、白い城塞都市……、そのすぐ右に、濃い緑色の丘が並んでいる。
春先、その丘の頂上であった死闘のことを料理人は思い出しかけて、……やめる。そこで冷たくなりかけた元女王のエリンが今、“金色のひまわり亭”の女将となって、まかないを元気に食べてくれていることに、心からの幸せを感じた。
――食べてもらえると言うことは、本当に尊いことなのだ……! ああ、嬉しいな!
しみじみ思う料理人、その横に座った獣人が鋭い声で短く言った。
「するめ」
とたん、感慨も感傷も全てかなぐり捨てて、アンリは外套の裏隠しに手を差し入れる。
「どうぞ、ビセンテさん! ファダン産お徳用干しいか、今日の二枚目です!」