78.空飛ぶ料理人
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上背のある男二人のうち、“フォレン食堂”に来ていた方が、ふいっと顔を上げた。そのまま、樹々の合間を広く眺めまわす。
もう一人の連れも、それに気づいた。
「おい。今、向こうから声がしなかったか……?」
「鳥だろう」
「ああ、鳥だよ。何だか変な鳴き声の」
「スターファのあやつり鳥じゃないのか? あいつが合流しに来たんだろう。新規加入はうまくいったのかな」
イリー人特有の明るい髪を揺らして、男は森の樹々にむかって歩き出す。
と、すッ!!
「うおっ!?」
そいつの右上腕に、びしりと矢が突き立った。
「違う! スターファじゃねえッ」
きいんっっ!! 男は左手で腰の長剣を引き抜くと、アンリの続投第二・第三矢を次々に刃で弾いた。
「ちッ、左利きであったかッ」
ずっと後方の茂みの中、第四矢をつがえかけた料理人の腕を、真横の隊長がつかんだ。
「だめだ、アンリ。もう舟に近すぎる、子どもが危ない」
「くそうッッ」
木陰でアンリは歯噛みをした。その視線のずっと先、川上の方から駆けつけてくるナイアルとイスタは……ああ、間に合わない!
1)川上のイスタと川下のアンリ、両方からの『ことりのさえずり』まねっこ囮
2)それにおびき寄せられて、男二人が舟からはなれたところを、アンリがずばずばっと狙撃
3)その隙に、後ろに忍び寄っていたナイアルとイスタがリオナを奪回
……となるはずの、三段階の緻密な作戦が台無しになりかけている!
二人の男はささっと舟を持ち上げると、水面にどぼんと放ち、相次いでそこに乗り込んでしまった。
「……かるっ」
舟の扱い軽さに、思わず素で驚いてしまったダンである。いや非常事態なのですけど。
「ぎーっっ!! ナイアルさんの、どんそくぅぅ!! ビセンテさんならひとっ跳びでつかまえて、悪者をふんじばってくれるのにぃぃぃ!! ――っっって、あああ? 呼んだら来た! 皆さん! ビセンテさんです! 我々後方の森の中から、すんごい勢いでビセンテさんが出てきましたー! くまは一体、どうなったのでしょうかぁぁぁッッ!?」
狙撃手の役割を終えた料理人は、即座に実況中継に転じた。
「あああ、しかしそのビセンテさんの駿足をもってしても、間に合わないぃぃッッ。小っさい舟はすでに岸を離れてしまいました、早瀬にそってこちら川下の中継現場方面へと向かってきます! ぐんぐん下ってきます、すごい速度です! これって位置的に、我々が何とかしないといけないのでは? どう思いますか、中継席お隣の隊長~~?」
料理人から握りしめた平鍋を向けられて、隊長は言葉に詰まる。ふと、自分の両手にある長槍に目を落とした。今日はまだ死神鎌部分を取り付けていない、ふつうの手作り長槍である。
「……これを、投げて……」
――イスタによれば、あの小舟は皮でできているそうな。長槍を投げつけて、穂先で穴をぶち開ければ、舟沈むじゃん? ……あ、ちょい待て……向こうには人質がいるんだっけ。子どもも敵と一緒に沈んでしまうぞ、こりゃだめだ……。
口の重いめんど臭がり屋の隊長は、つづく思考を口にせず、頭の中だけでのみ呟いた。
「あー! なるほどぉ、さすが隊長! そいじゃ行きましょう~~!」
ずざざっ! アンリは張り切った様子で、身を隠していた大樹の裏から飛び出した。流れに向かって、突進してゆく。
――えー??
ついてく専門の隊長は、思わずその後ろに続いた。その二人の姿を遠目に見て、リオナ奪回に失敗したイスタとナイアルがぎょっとする……。
「うえっ……まさかアンリ、そこから狙撃するつもりなのッ!?」
「ばかものぉー! 漕ぎ手を殺ってしまったら、リオナはどうなるのだッ」
たたたたた! しかしナイアルの冷や汗をよそに、アンリとダンは流れ来る舟に向かって爆走を続ける!
舟上の敵も、それに気づいた……、小さめの櫂をあやつり、こちら側の岸から遠ざかろうとしている。
「よおおおっし、あの辺です! 行きますよ、隊長ぉーッッ!」
ぺっかー! 料理人の頬が、ますます赤くてかり輝く!
「隊長は大っきすぎるので! ここは小柄でかわいらしい俺が、ゆきまーすッ」
言ってる内容が全然わからない、ダンは並走しつつもアンリのことが心配になってきた。こいつは年々やばくなってゆく気がする、と彼なり真剣に案じている。
「黒羽の、女神さまぁーッッ! この俺アンリに、どうぞ力をお貸しくださーいッッッ」
すちゃッ!
雄叫びを上げると、アンリはダンの手から長槍をひったくった。
――えーーっ???
隊長が、……川上から走って来るビセンテとナイアルとイスタが、同時に口を四角く開けた……。
「ぶ~ぶか~~ッッッ」
ダンの長槍穂先を、流れ直前の地面に猛烈に突き立てる。
びょ――――――ん!!
その勢いで、料理人は宙たかく……舞いとんだ!




