77.ついに発見、人さらいめ!
「ビセンテ、さすがだね! でも大丈夫なのかな、熊あいてに一人でさぁ!?」
獣人が阿武熊の相手を引き受けている間に、ナイアル・アンリ・ダンはイスタに続いて、深い森の中をぐいぐい進む。
時々耳をすまして、先頭に立つイスタは川のせせらぎに近づきつつあることを確かめている。“声音の魔女”アランやその娘ミオナ、獣人ビセンテほどではないものの、彼も耳は良い方なのだ。
「平気だよ、あのビセンテさんだもの! ……あ~? でもあの人、森の中をうろついても、お肉をお土産に持って帰ったことって、ないんですよねー。あんなにさばくの、うまいのに。何でかしらん」
と言うよりも森を天然の食糧庫とみなし、入れば常に何かしら獲物を持ち帰る、料理人の狩人才能のほうがあんまり普通ではない。
「あいつのことだ。がん飛ばしまくっても、どこかでけりをつけて、適当にまいて来るんでないのか」
――そうそう。ビセンテと戦わしちゃいけないのは女性だけ。あとは任しといて、大丈夫……。
胸中で副長ナイアルに賛同しつつ、隊長ダンはうなづいていた。昨年だったか女性の敵に不意打ちをくらい、ビセンテが大怪我を負って、丘の向こうに行きかけたことを思い出したのである。
だから先ほど、悪者らしき女性の敵の出現にダンは最大限のめんど臭さをおぼえていた。くまと向かい合わせに置いて行く方がずっとまし、隊長としてはよっぽど安心なのだ。
徐々に流音が強くなる中、突如として前方に渓流があらわれる。四人は大樹の陰に身をひそめ、そこから川下・川上と素早く見まわした。
「あっ、いた」
イスタが短く言った。
「あの、岸辺が少し平らになったあたり……。やっぱりな、舟に乗って逃げるつもりなんだ」
暗色外套を着た男が二人、流れのすぐ手前に置いた黒い舟のようなものの脇に立っている。
「……舟か? あれ」
翠のぎょろ目を細めて、ナイアルは首をひねる。副長の目に、それはやたら小さく見えていた。
「ああ、東部の皮張り舟だよ。すごく軽くてたたむこともできるから、陸の上でも携帯できるんだ。赤んぼの頃、向こうの漁村で見たことがあるし、それに……」
相変わらずのとんでも視覚記憶力である。しかしイスタはすぐに、別のことに気を取られた。
「おや、リオナちゃんは中にのせられているね」
黒い舟のへりに、もじゃもじゃの暗色髪が見えた。
「動かないところを見ると、やっぱり薬をかがされて寝てるんだな」
「……相手はイリー人の男性二人、ですか……。さあ、どう料理しますぅ? ナイアルさーん……」
ナイアルは、ちろりと横の料理人を見た。その輪郭が、毛筆で描かれたような気合の漢顔に変容している……。
「神聖なる食べもの業界の導き星となろう、“モモノミー賞”の名をかたって子どもをさらうとは、言語道断……。この俺がいっぱつ二発、正義の焼き目を入れてやります……!」
怒気をはらんで、あかあかと燃える頬! すでに焼きたてを通りこし烈火高圧加熱中、ふた付き鍋のごとく料理人の胸の内が荒れ狂っていることを察した副長は、少々減圧させねばと考えた。そう、むりに圧力鍋のふたをこじ開けてはならない! 爆発するが如く中身があふれ出すことだってあるのだ、経験者が語っているので信じて欲しい!
「……気持ちはわかるが、とにかくリオナを無事に奪還せにゃならん。と言うわけで、ふた手に分かれるぞ」




