74.スターファの勧誘
「アラン、あんたを探していた。あんたの話を、ネメズの集落の女から聞いた」
小っさい魔女は、蒼い双眸でぎいんと女をにらみつける。
「レグリ、という女を知ってるだろう?」
「……」
「あの女は、幼なじみのあんたをずうっと探していた。あんたらのネメズの集落は海賊にぶっ壊されて、レグリは北部に奴隷に売られたが、逃亡してイリーの国に来ていたんだ」
動けないなりに、ナイアル以下の“第十三”は息をのみながらスターファの話を聞いている。一応、皆知ってはいるが、魔女側のつらい過去事情である。
「小さい頃から飛び抜けた才能を持っていたあんたが生きていれば、今頃は強大な力を持つ声音つかいになっているはずだ、とレグリは信じていた。だからあんたを探し出して、あたし達に協力してもらおうと熱心に語るのを、しょっちゅう聞かされたよ」
ナイアルの位置からは、アランの表情はうかがえない。しかし青い外套を着た魔女の小さな背中に、こらえられない震えが微かに走るのが、はっきりと見えた。
平らかな調子で語るスターファは、そのアランをまっすぐ見すえながら続ける。
「あたしは。……あたし達は、ぼろぼろになっちまった東部世界を、もう一度強くゆたかにするために動いている。この大義のためには、そういう特別な力を持った者が必要なんだ。アラン、あたし達に力を貸してほしい。うちの組織に、来てもらえないか」
「……エノ軍やテルポシエに、対抗してると言うのかえ?」
魔女はぽそりとたずねる。
「いいや。どころか、全アイレーに対抗しているのさ」
ふふっ、ここで初めてスターファは笑った。ちりちり前髪の陰で、目を細めている。
「これまで、ほうぼうで食い物にされてきたあたしら東部ブリージ系がひとつになって、東へ帰るんだ。そうしてこれからは、誰にも何にも脅かされない、強い東部大半島をつくる」
「……≪声音つかい≫の力だけでは、国ひとつは守れないわよ」
「大丈夫さ。あたし達には、兵団がついている」
「兵……? 傭兵でも雇っているの?」
スターファは無言で、肩をすくめた。女二人の間に、しばし沈黙が落ちる。
「……レグリちゃんのことは、憶えてる。忘れるわけがない」
低い低い声で、アランは言った。
「会わせてちょうだい。あんたとその組織のことは、いまいち……どころかさっぱり信頼できないけど。彼女からなら、話を聞く気になるわ。今どこにいるの?」
「……」
「何よ。知らないんじゃないの?」
「……違う。死んじまったのさ、……数年前にガーティンローで、と聞いたがね。怪我か事故か、病気だったのかは、あたしは知らない」
「そう、……」
アランは、ぐっと肩幅に両足を踏みしめて立った。ナイアルとアンリの目に、魔女の小っさな背中が大きくなったように見える。
♪ ……我が疾きますらお いとおしき英雄、……
甘くて軽い風が吹いた。ふわりと漂ってきた声が、ぐるりと“第十三”の周囲をめぐる。
「おっ」
「あっ!」
瞬間、身体が軽くなる。得体の知れない拘束感がとけた!
「おおおっ、何でしょう!? めちゃんこ上等、鉄分満載な千花蜂蜜のにおいがします! こーれーはー美味しいッ」
「いや、むしろ発酵すすんで蜂蜜酒【白】のにおいだぞ!? こーれーはー高いッ」
口まで自由になる“第十三”、とたんにやかましい! その前で、アランはここ一番のどや顔をスターファに向ける。
「……そいじゃ、スターファとやら。加入交渉はお預けね? 話は聞くだけ聞いたんだから、うちの娘を返してもらいましょうかい」
スターファは細めた目の下にしわをよせて、不快そうな表情を作った。口を薄く開け、何か言いかける……。いや、聞こえぬ声にて、歌いだしたのだ!
ががが、かかかかーッッ!!
窪地を囲む樹々の枝から、一斉に鳴き声が巻き起こった。
灰青色の空が一瞬にして曇ったようだった、無数の鳥たちがいちどきに飛び立って、彼らの頭上を旋回し始めたのである。
かかか、ががーッッ!
ばささささ……!!
幾重にも重なる鳥たちの耳ざわりな鳴き声と、羽ばたきの音。ざわつく大空の下、スターファは一同に向かって言い放つ。
「……話を聞いた以上。あたし達の仲間になるか、ここで死ぬか、あんたらに選択肢は二つっきゃないよ!」




