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72.謎のささやき声

 

「じゃあ、あいつらがリオナを……!!」



 大きく見開かれた魔女の双眸に、憤怒の蒼い炎がぎらぎらと燃えたぎった。



「ようし、ビセンテ。どんどん追えッ! まだ、遠くにゃ行ってねぇな!?」



 ナイアルの指示が飛ぶと同時に、獣人はすらッと腰の山刀を引き抜く。そのまま下草の深くなってきた森中の小道を、さらなる早足で進み始めた。


 がさがさとそれに続く、“第十三遊撃隊”一行と魔女……。イスタがふいと、副長の脇に寄った。



「ナイアル。あの人、俺に声をかけてきたのは、人違いなんかじゃなかったんだね?」


「そういうこったな。あいつはお前に、意図的に話しかけてきたのだ」



――“お姉さんは、元気かい?”……親しみのある調子でそんな風に言われたら、実際姉妹のいるやつは話にのってくるだろう。あいつはそうやって、東部ブリージ系の人間みんなにかま・・をかけまくっているのだ。つまり、奴が本当に探しているのは……。



 ももの実賞審査員を装って、“野ばら煮物”ではなく“フォレン食堂”を訪れたのも、蜜煮屋のヴィヒルに家族全員・・・・で迎えてくれるように頼んだのも、恐らく同じ理由なのだとナイアルは推測した。



「……にせ審査員どもは、東部ブリージ系の人間を探しに来たんだろう」



 こくりとうなづいて、平生冷静な“第十三”の秘蔵ひぞっ子イスタは、顔をゆがめた。



「……やっぱり、北部穀倉地帯の奴隷商人なんだね……! イリー生まれの小さい子どもを連れ去って、向こうで働かせるつもりなんだ。あんちくしょうッ」


「いや、イスタ。そこのところは、まだ微妙だぞ。別の思惑で動いている可能性もあるから、決めつけるな」



 珍しく憎悪の表情をのぞかせたイスタに、ナイアルは乾いた口調で言う。



「何でさ?」



 イスタに答える前に、副長は少し前をゆくアランをさっと見た。



「……気ぃ悪くすんなよ?アラン」



 やはりナイアル達の会話を聞いている魔女が、見上げてくる。



「北部商人の視点から見れば、蜜煮屋の子どもの中で、一番奴隷として価値が高いのは小ヴィヒルだ。まだ小さいが、即労働力として使えそうな男子だからな? リオナはどう見たって役に立たん。何であいつを持って行ったのかが謎だ」



――“金色きんのひまわり亭”の視点から見れば、いちばん価値が高いのはミオナ嬢……。



 列のしんがりで、ダンは内心こっそり思っている。



「うん。それは本当に、ナイアル君の言う通りだわ! リオナはお姉ちゃんと正反対、ぐうたら赤ちゃん子で遊んで汚すっきゃ能がない子だからね……」



 アランは得心したようにうなづいている。



「……でも身体が小さいから、ひょいと連れていくには最適だったんじゃないのかしら? ヴィヒルだってもうだいぶ大きいし、おんぶしたりとかも難しいわよ。……でも結局、何のために?」


「……」



 ナイアルもイスタも、返す答えが見つからない。気が付けば一行は、樹々の密度がやや緩くなっているところに差し掛かって来ていた。先頭のビセンテも歩調をゆるめる、……やがて足を止める。


 獣人は後ろの五人に向けて肩越し、素早く言ってよこす。



「いる」



 しかしアンリやナイアルがじっと耳を澄ましてみても、さらさらと流れる水の音が、静かに周囲に漂っているだけだ。


 前方に光が差して明るい。森の中に、窪地があいているのだろうか……?


 そこで自分たちを待つ気配を、獣人の毛先の本能だけが感知していた。声音こわねの魔女、アランの聴覚は何もとらえられないままである。



「……いったい、あの子をどうしようって言うの……」



 苛立ったアランが、口の中で低く呟いた、その時だった。



『……待っていたよ』



 あまりに唐突に、全員の耳元へ“囁き声”が届いた。


 ばばッ、がちゃんッ。


 アランとイスタを中心に、“第十三”の四人は即時に身構えた!


 背にした短槍をさっと右手に取り、山刀を左手にかまえて、先頭のビセンテがぎーんと前方にがん・・を飛ばす。


 その背後、左脇でナイアルが短槍を八相に構え持つ。右側アンリは中弓に矢をつがえた。


 一番後方で、ダンは長槍を水平に、両手で支え持っている……!



『警戒しなくていい。あたしはあんたと、話がしたいんだ。ゆっくりこちらへ、出ておいでよ』



 再び、全員の耳孔に囁き声が入りこんでくる……。女の声、潮野方言だ。



――何じゃ、この摩訶不思議はッ!?



 警戒するなと言われて、安堵するあほうはいない。むしろ不信感をつのらせるナイアル以下の“第十三”だったが、副長は自身の妖精じんましんが全く反応しないことに気づいて、完全人間あいてと踏んでもいた。



『……おとなしく、あたしの話を聞いてくれれば、娘は返すよ』



 “第十三”の壁の中心で、アンリ同様に弓を構えていたイスタは、すぐ隣のアランがふいと怒気をひそめたのに気づいた。



「……ほんとかしらね?」


『ほんとさ。ネメズの集落の語り部の娘、アラン。それがあんただろう?』



 声音の魔女は、片手を上げてビセンテのなで肩に触れた。静かに言う。



「……行こうか。兄貴ども」



 それで一行は得物えものを構えたまま、陣形を崩さずに前進する。



「ナイアル」



 ゆっくりと歩みながら、先頭の獣人が呟く。



「何だ?」


「……うたってやがった、女だ」


「……?」







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