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70.のどかな村で人さらい発生!?

 

・ ・ ・ ・ ・



 しかし、村の西外れにある“ヴィヒル蜜煮”の開けっ放しの扉のむこうでは、珍妙な光景が一行を待ち構えていたのだった。



「あああっ、ナイアル君っ」



 真っ先に、ミオナが半べその顔でナイアルにすがりついてきた。



「何だ、どうした?」



 青ざめてがくがく震える娘の様子に、ナイアルはぎょっとする。魔女の長女はいつだって大人びて落ち着いているのに、こんな恐慌ぶりを見せるとは。広くもない店内を見まわして、副長はさらに驚愕した。


 壁一面に作りつけられた棚には、天井近くまでぎっしり蜜煮壺が陳列されている。整然とならぶ無数の壺を背景に、アランが……小っさい声音こわねの魔女が、ビセンテに手を握られて立っているではないか。獣人の親指が、アランの手首の付け根を押すようにあてられている。ここは落ち着くつぼ・・だった。


 小さな顔を、娘以上に蒼白にした魔女は、ぎーんとナイアルたちを見た。



「……やられたわ。リオナを、持ってかれた……!!」


「何だとッ!? 誰にだ」


「さっき……、さっき、ももの実賞の審査の人が、来てたの」



 ミオナがつかえながら言う。


 蜜煮屋は、家族五人総出で男女の審査員を迎えた。ヴィヒルが蜜煮職人として説明をし、アランがその通訳をする。長女ミオナと息子の小ヴィヒルが試食の給仕をしている間、六つの次女リオナはすぐに飽きてしまって、裏庭へ出て一人で遊んでいたらしい。


 そうして審査員が帰って行った後しばらくして、リオナの姿がどこにも見当たらないことに、家族は気づいたのである。



「あの子の声が、全く聞こえ・・・当たらないのよ。たぶん薬でもかがされて、眠らされているんだわ」



 たいていの場合、魔女の母はどこにいたって子ども達の居場所がわかる。ずぼらでやかましい末っ子の気配なら、一目瞭然なのだ。



「ぎーッッ、何ということでしょう!? まさか子狩り業者のやつらが、このフォレン村に魔手をのばしたとでも言うのでしょうかッッ」



 頬を憤怒の炎であかく燃やし染めながら、アンリがうなった。



「大小のヴィヒルはどこへ行ってんだ?」


「近所の人と一緒に、村長さんとこへ行った。事情を話して、この辺の準街道を封鎖してもらえるように」



 す~は~、鼻息あらく呼吸をしながら、魔女は冷静を保とうとしているらしい。


 店に入りかけたところで、ぬぼんと突っ立ったまま、ダンはうなづいた……。



――そう、あやしい不審者出現だとか、行方不明者が出た時にとられる、地方の集落の基本警戒態勢……。このへんは旧体制から持ち越したまんま、でも子どもは探すの難しい……。



「あたしは、裏の森がくさい・・・と直感している。だから一人で探しに行くつもりだったんだけど……」



 手伝いましょう~! 手伝うぞ! そう言いかけたアンリとナイアルの言葉より早く、魔女がものすごい気合で吼えた。



「ちょうど良いッッ。“第十三”のお前ら、あたしについて来んかいッッ」



 ぶわああああん!!


 腹の底からのみなぎる威勢、それは衝撃波となって店内にひろがる。棚の中の壺が、ぶるぶるぶると小刻みに震えた……が、用意のいい亭主が天井つっかい棒の耐震対策をしておいたおかげで、転倒したものは何もない。


 しかしナイアルとイスタ、ダンは、顔面まともに掌底の一撃をくらったような衝撃をおぼえた。さすがのビセンテも、魔女からぱっと手を放してぶっちょうづらを大いにしかめる。



「おともしますよーッ、アランさぁぁん!!」



 料理人だけは、とっさに顔の前にかざした“正義の焼き目ティー・ハル”の防御により、その気合をかわしたらしい。平鍋のかげから、焼きたて顔をてからせてうなった。



「よっっしゃぁぁぁ、行くぞ兄貴ども! ごるぁぁっ」



 くるっ! ずんずんずん、小っさいおばさん魔女が扉を出てゆく!


 アンリとイスタがその後を追い、ナイアル・ビセンテの背後に、もそもそとダンがつづいた。


 身長低い順にきれいに並んだ一列が、店の裏手にある果樹園にわけ入る。後ろの“フォレン森”へ、魔女はそのまま突き抜けていくつもりのようだ。


 はらはらしながらそれを見ているミオナの前に、くるッとナイアルが引き返してきた。娘の目線にかがみこむ。



「えーとな、ミオナ。お前は対策本部詰めだ! もう看板下ろしちまっていいから、どこもかしこもしっかり戸締りして、店ん中でじっとしてろ。父ちゃん達が帰って来たら、相談して……そうだ、駅馬業者の兄ちゃんに飛ばしてもらって、テルポシエに行け。“金色きんのひまわり亭”にいるおひいに、事情をぜんぶ話すんだ。いいな?」



 あとはエリンが最善の手を回してくれるはず、元女王への揺るぎない信頼をもとにしてナイアルは指示を出した。



「心配すんなよ。お母ちゃんと俺らとで、必ず何とかするからな」


「うん」



 口をぎゅうっと引き結んで、涙目のミオナはうなづく。


 副長はふたたび走り去っていった……。


 娘の目には、果樹園の向こうの黒ぐろと深い森が、厚い壁のようにそびえているのが映る。


 そして耳にのこる心拍音が、どんどん遠ざかっていく……。母の音、“第十三”の音々とともに、ナイアルの音がその壁の中へのみこまれてゆくのを、ミオナは体が震えるのを我慢しながら聞いていた。




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