68.モモノミー賞の審査員
かたん……。扉の開く音が響いて、“フォレン食堂”に新しく客が入ってきた。
「いらっしゃい、ませー…… ああ、これは……!」
はかなげな店員の反応に、“第十三遊撃隊”一同は獣人以外、食べる手をふと止める。
「お待ちしていました。またお越しいただいて、恐縮でございます……」
「いえいえ、ご店主にはこちらこそ色々お願いしてしまって。ご家族の皆さま、今日はおそろいでいらっしゃいますか?」
ナイアルとイスタ、アンリはそうーっと観察してみる……。こちら側からは後ろ姿しか見えないが、入ってきた客はイリー人の壮年男性のようだ。ていねいな口調で、店員と話している。
小さく足音がして、小柄な女性が二人、厨房から出て来た。初老女性と中年女性……どちらも東部系、よく似ているから母子なのだろう、とナイアルは推測する。
「初めまして! ガーティンローから来ました、キノピーノ書店のものです。“フォレン食堂”の料理人さんですね?」
「はい……」
「私の家内と、その母親でございます……」
もじもじとして言葉の続かない中年女性に代わり、おじさん店員……店主が答えている。
「そうなのですか。珍しい東部風のお料理と聞きまして、楽しみにやって来たのです。……あの、差し支えなければ奥さま方は、もうこちらで長いこと料理人をなさって……??」
「ええ、以前はテルポシエ東部で、貴族の方の専属料理人をしていまして……」
料理のことより、審査員は奥さんの身の上話に興味を持ったらしい。旦那さんの店主に話すだけ話させて、ようやく席につく。運ばれてきた煮込みを食べ始めた。
「なんか……」
――腰ひくい、ふつうの人って感じだけどねぇ……?
「んだな」
――食いつつ時々帳面に書きつけてるし、案外ほんもの審査員かもしれんぞ。
イスタとナイアルは、目混ぜを入れて会話をしている。
ばりばり、がきがき……。ビセンテがうさぎの細い骨をかみ砕く咀嚼音が、ちょうどいいあんばいにその囁きをもかき消していた。次いで、通り客がひと組、ふた組と入って来て、“フォレン食堂”は小さな店いっぱいに、昼どきの賑わいをたたえ始める。
「いやはや、たいへん美味しかったです! 本当にごちそうさまでした」
男は割と早食いらしかった。ささっと出て来た店主に、手の中の何かを渡している。小切手のようだ。
「……えっ、あの……?」
はかなげ店主はびっくりしている。審査なのだから、お代をもらえるとは思っていなかった様子だ。
「お忙しいところに迷惑をかけてしまいまして。どうぞ全額、お取り置きください。審査の結果は、数か月後に追ってご連絡しますので……。ああ、それと私が来たことは、同業の方にはどうか内密に願います」
「は、はい……」
「それでは、いずれまた! どうぞ奥さま方にも、よろしく」
恐縮しまくる店主に一礼して、男はくるりときびすを返す。上等の麻衣に毛織を重ねた、明るい金髪のイリー男性だった。
男は出口に向かいかけて、ささっとアンリたちの角席を見る。
「おやっ……! なんだ、奇遇だね!?」
その声がまっすぐ自分たちに向けられていることに気づいて、“第十三遊撃隊”の面々は胸中同時にへっ? と思う。
つかつか、歩み寄ってきた男はさらにまっすぐ、ナイアルとアンリの間に挟まったイスタに、親しみのこもった笑顔をむけた。
「こんなところで、君に会うなんて! 大きくなったなぁ、お姉さんは元気かい。今、どうしているの?」
「あの~……」
ほとんど空になった粥鉢にさじを突っ込んだまま、イスタはぎこちなく笑った。
「ひとちがいじゃないですか。俺、姉さんとかいなくって、一人なので……」
兄貴ぶんだけはやたらめったらいるけどね、と内心で付け加える。
「えっ……あ、あれ……!? うわ、こりゃ失礼しました」
男は照れ笑いに顔を赤くして、言い訳をした。
「ごめんなさい、若い友人によく似たひとがいるもので」
「いいんですよ。福ある日を」
「福ある日を」
かたん……。 男の後ろで扉が閉まる。
「ふつうの人だったね」
「でもちょっと、おっちょこちょいかも……。まぁ、ナイアルさんとお母さまだったら、誰だって間違えて当然ですから、責められませんけど~」
それ次元が違ってない?とダンが内心で突っ込んでいる。顔ねたを流すようになってきた副長本人は、軽くうなづきながらイスタに同調していた。
「うむ、代金も払ってたし詐欺って感じではないな……。本物の審査員なのかそうでないのか、結局しっぽはつかめなかったが。……よし、俺らもそろそろ終えてヴィヒルんとこへ回るか。
すんません、お勘定ぉー」




