65.フォレン村へ偵察にGO!
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からからから、がらららら……。
軽量型の荷馬車に揺られて、テルポシエ西部への道を行くのは“第十三遊撃隊”の面々である。
御者台の若者を振り仰いで、ナイアルが声を上げた。
「本当に、ありがとなー。イスタ」
「べつに、お湯の子さいさいだよ。知らない料理、俺も食べてみたいし」
“ヴィヒル蜜煮”に、≪ももの実賞≫の審査員が来ると言う日だった。
テルポシエ東部、シエ半島の集落から野菜を届けにやって来たイスタは、そのままアンリたちを西部のフォレン村まで運んでくれる。
相変わらず、馬では移動しにくい“第十三”である。駅馬業者に配達してもらうのが一番手っ取り早い。
後部座席にはいつも通りの平常心で、ダンが長槍を抱えうずくまっている。
その隣では、これまたいつも通りのぶっちょう面で、ビセンテがするめを噛んでいた。
視察と言うだけなら特にこの二人が来る必要はないのだが、用心棒および荷物持ちとして動員されたのである。特に後者の理由だ。
片手に二十壺ずつ、計四十壺の蜜煮を平気で持ち歩ける死神と獣人は、イリー世界のどこを見渡しても他には見当たらない。いや、そもそもの死神と獣人がいない。
「ところで、アンリ! 今日、偵察に食べに行くお店って、何が目玉なのさー?」
御者台から肩越しに聞いてよこすイスタに、アンリは肩をすくめてみせた。
「それが実はね、俺も全然知らないんだ! ミオナちゃんによれば、この夏に新しくできた店らしいんだけど。村はずれにあるから、俺はお店の存在すら、今回初めて知ったくらいなんだよ」
「もう一軒ある老舗の食堂の方には、審査員は行かんのかな?」
ナイアルも料理人に問う。
「……うーん。フォレン村で外食と言ったら“野ばら煮物”のひつじ鍋、ってくらい、けっこう名の通ったいい店なんですよ、そっちは。俺のおじさんも蜜煮を卸していたし、ヴィヒルさんも続けていると思うんですけど。どうしてモモノミー賞に素通りされちゃうのか、なんか不思議なんです。まぁ俺が知らないってだけで、今日行く“フォレン食堂”がめちゃくちゃいけてる鍋を出しているのかもしれないけど」
何でもかんでも鍋基準で判断すんな、とアンリの正面に座るダンは突っ込みたかった。しかし言わない、めんど臭いのである。
「……変と言えば、だ。俺っちもミオナの話を聞いた時に、うっかり浮かれて失念していたが、ももの実賞の審査員と言うのは覆面調査に来るんだよな? こんな風に、いついつ来るからしっかり用意してくれと頼むってのは、ずいぶんと話が違わねぇか?」
疑問を口にしたナイアルの反対側に座る、ビセンテが蒼い双眸をばちばちさせた。何だ結局、覆面布を外して普通に食うんじゃねえか、と得心したのである。
「あ~、本当ですね! じゃあひょっとして、モモノミー賞をかたった詐欺なのかしらん!? 審査と見せかけて、ただ食いするつもりとか!」
「有り得るねぇ。お店側も、舞い上がっちゃうだろうし」
「イスタも、そう思うかー? ううむ、こりゃ何だかきな臭くなってきたな……。とにかくフォレン食堂では目立たないように観察して、おかしなところが出て来たら、さりげなーくつついてみよう」
「裏にまわって、総しばきするんですねぇー!?」
いつのまにか、平鍋ティー・ハルを握ったアンリが、頬をばら色にてからせて言い放つ。なぜ嬉し気なのだ。
「いや、たかが食い逃げだろ……そこまでするこたぁない。ビセンテと大将にがんを飛ばしてもらえば、びびって食った分払うだろうよ」
「ですねー。ヴィヒルさんとこは、大丈夫かなぁ」
「蜜煮屋は食堂の後にまわるらしいから、審査員がそっちに行く前に白黒つくんじゃねぇか? ごたごた予想したが、実はほんもの審査員っておちかもしれんしな……。ま、どっちみちあの店にはアランがいるんだ。声音の魔女にがち勝負を挑んで、勝てる口八丁の詐欺師はいねぇ」
「それもそうですねー!」
かた、かたた……。車輪が回り続ける。
イリー諸国の中でも、最も濃ゆいとうたわれるテルポシエの草地。夜明け前に少し降った雨をいまだ含んで、翠玉に似たみどりが温かく潤いながら輝いている。
なだらかな丘陵を越えて行けば、白い石積み塀の向こうにフォレン村が見え始めた。アンリはにこッと笑い、まろやかに頬をてからせた。
彼の大好きな母方の田舎が、こんもりと深く茂る森を後ろに、アンリ一行を出迎える……。




