63.モモノミー賞、創設!
「……はい、俺からは以上ー。他に何か、伝達事項のある人はー??」
いつも通りの“金色のひまわり亭”、朝の打ち合わせ風景である。
厨房食卓をナイアル、アンリ、エリンとナイアル母、そしてダンとビセンテが囲んでいる。各人の前に置かれた白い陶器の湯のみからは、ほこほこ湯気がたっている……気分すっきり、気合も入るいらくさのお湯だ。
前日の売り上げや客足の合計報告などを簡単に済ませて、皆の顔を見回す副店長ナイアルに、女将のエリンがひとさし指を立てながら目を合わせてきた。
「おっ、何だ。お姫」
「面白いことを教えていただいたから、皆さんと共有しておきたいと思って」
「おもしろいこと……? 何です、お姫さまッ?」
今朝も焼きたて絶好調、血色良すぎのまるい頬をてからせて、料理人アンリも女将を見る。
「ガーティンローの書店手代さんが、おたよりを下すってね。キノピーノ書店では近々、≪桃の実賞≫というのを創設するんですって!」
とっぴな話題である。卓子を囲んだアンリ・ナイアル・ビセンテ・ダンの四人は、同時同角度同方向に小首をかしげた。キノピーノ書店の手代、というのはエリンの文通仲間の一人だったか……。
「何でも、食べものを扱うお店を独自の基準で採点して、高評価のお店を表彰するらしいのよ。良いところはももの実ひとつ、絶賛おすすめの店はもも三つという感じに、ももの実が多いほどいいんですって」
「ほ~!!」
俺っちの出会う女の子・星五段階評価と似たようなもんか、とナイアルは内心で納得した。
ちなみにナイアルはエリンに星はつけたことがない。配偶者候補外と初見で見切った女性に、評価は入れないのである。ましてや親友の妹には。
「食べものを扱うお店って……、じゃあ料理屋大賞、ってことなんですか? お姫さまー!」
ふがふがと鼻息あらく、アンリが問うた。急激なる興奮と熱血のために、頬が三割増しで焼きたてになっている。卵黄でてかりをつけたのだろうか。
「いいえ。飲食にまつわるお店なら、何でもありなんですって! うちのようなお料理屋はもちろんのこと、お惣菜の量り売りや八百屋さんなんかも、どんどん評価して紹介するそうよ」
「えーっ? そいじゃ、“紅てがら”も評価されるかもしれないのかえ!?」
ナイアル母が、驚いた声で聞く。
「ええ。審査に来る人はごく普通のお客さんを装って、お店の人にはわからないようにするんだとか」
「へえ~~!! 何だかすっごく、わくわくする話じゃないですか!? モモノミー賞!」
ぴか、ぴかっ! 最終的にもも色に頬を輝かせながら、アンリが言った。
「うむ、じつに興味深いな。評価されれば、あのイリー随一の有名書店によって宣伝してもらえるようなもんではないか」
副店長も、翠のぎょろ目を煌々と輝かせた。
「ようし……! ほんじゃあ、覆面審査員がいつ来て評価してもいいように。どの客にも、めいっぱいのうまいものとおもてなしで、いい思いをしてもらおう」
皆の顔に、朗らかなる気合がみなぎる。
店長ダンの表情はあまり変わらないが、すんごい頑張って客の外套に毛払をかけよう、と実は心中ひそかにやる気を燃やし始めていた。
ただ一人ビセンテだけが、胸中に疑問をわだかまらせている。
覆面布で口をおおっている奴が、一体どうやってアンリのめしを食うのかと、不思議に思っていた。




