60.両手に腹ぺこ、なんぱ大成功
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「あらっ? アンリさんに、ビセンテさん!」
女性の声がふわりとかかって、アンリは足を止める。
ぴかぴか光る白金髪のおかっぱが、きんぽうげの花のよう。妙齢のイリー女性が、まろやかな笑顔をこちらに向けてきている。
「福ある日を、リフィさん! ケリーちゃんと、お買い物ですかー?」
料理人も、リフィの髪に負けじと頬をてからせて、女性ふたりに挨拶をする。
オルウェン王子付きの保母騎士の隣から、ぐうんとのっぽの東部系の娘が、やはり笑顔で話しかけてきた。
「そう、お魚を買いに来たの! アンリさん達もでしょ」
ビセンテはアンリの後方から、女たちに無言でうなづいてみせる。内心ではほっとしていた…。
まる顔の保母騎士にしょっちゅうくっついている、でっかいキヴァン女はどうにも虫が好かなかった。気配を感じ取った途端、毛先の本能が警告を出しまくる。悪いやつではないのだろうが、いかんせん強すぎるのだ。敵にしてはいけない、強い女には近づかないに越したことはない。
今日は一緒でないから安堵した。代わりにくっついているのはケリー、エリンの護衛役だった娘で見慣れているから、こっちは気楽だ。
「今日は、王子様は?」
「イオナさんとスカディさんと、北の森へ狩りに行ってるんです。わたしはお休みもらったので、久しぶりにお魚を料理しようと思って」
「だからあたしも、便乗してお休みなの!」
数奇な運命をたどってきた東部系のケリーは、一応身分としてはエノ傭兵だ。長短の槍をイリー流に使いこなして、長らくエリンの身辺を護ってきた。現在は主に、医療所の助手として忙しくしている。元々はリフィの実家、セクアナ家に引き取られたみなし子だったから、長く離れて暮らしはしたが、リフィとは姉妹同然の仲の良さである。
「ほほ~う。何をつくられるのですっ?」
「うしお汁だよ! あたしが食べたいから」
ケリーの答えに、アンリの頬がぺかっとてかった。腹ぺこお嬢さま方、はっけーん!!
「奇遇ですね~!! 俺も今日は店で、うしお汁をお出しするつもりなんですッ。よかったらみなさん、“金色のひまわり亭”へ味見に寄って行きませんか~??」
「えっ、良いんですか?」
「やったー! アンリさん、どんなおつゆ作るのー??」
「はっはっは、とびきりおいしいやつでーす」
両手に花……否、両手に腹ぺこを従えて、料理人は歩き始める。
独特のなんぱ方法が成功して有頂天なアンリの数歩先を、かさごを背負ったビセンテが黙々と進んでゆく。
いつも通りのぶっちょう面だが、見る者がみるとわかる。
彼は今、機嫌がよかった。後ろから流れてくる匂いに、よろこんでいる。




