6.岬のお婆ちゃんから悲報です
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厨房の食卓。はっか湯のおゆのみを前にした岬のお婆ちゃんを、“金色のひまわり亭”の面々が取り囲むようにして座っている。
もさ苦しい男四人は、眉根を寄せてさらにもさっ苦しい表情となり、女将のエリンは話のきな臭さに衝撃を受けて、麗糸の手巾を手に握りしめている……。身についたお姫さま習慣は、なかなか抜けないものなのだ。
「……この太平の世の中に、そんなことをする輩がのさばっているなんてッ」
頬を義憤で赤くてからせながら、料理人アンリは低くうなった。
「我々の生命線たる、聖なる畑を蹂躙するとはッ。許すまじ悪行!!」
「お婆ちゃん。他の集落の状況も、時間を追って話してくれるかい?」
ぐらぐら沸騰寸前の料理人の横、冷静にたずねるナイアルに、ミサキお婆ちゃんはこくりとうなづいた。
元・駅馬業者のこのミサキさんは、テルポシエ市から東に約十数里のところ……緑の自然ゆたかなシエ半島にある、小さな村に住んでいる。そう、岬の集落に住んでいるから“岬のおばあちゃん”こと、ミサキお婆ちゃんなのだ。
故国が陥落して、アンリたち“第十三遊撃隊”が敗残兵となった時、一人暮らしだったお婆ちゃんは彼らを家にかくまった。はじめは一時的な居候のつもりだったのだが、同居生活がお互いあまりに快適すぎて、“第十三”は結局十年もお婆ちゃんの家に住んでしまったのだ。こうなると孫もどきというか、家族親族も同然である。
今は“第十三”の秘蔵っ子であったイスタを本当の養子にして、お婆ちゃんは昔の生業・駅馬業を彼に継がせた。シエ半島でとれた野菜を馬車に積んで、イスタは数日おきにテルポシエ市にやってくる。アンリは、この岬の集落でとれる玉ねぎにこだわっていた。
……しかし、今日ミサキがもたらした話はひどかった。
岬の集落の農家の畑に、毒がまかれたと言うのである!
毒は毒でも殺虫毒、薄めたやつなら使っている農家は多い。しかし謎の犯罪者は、夜の闇にまぎれて他人の畑に入りこみ、それを希釈しないまま直に大地に振りまいて回ったらしいのだ。朝方、異様なにおいに気づいた農家らが慌てて確かめたところ、ひと晩で三軒が同様の被害に遭っていた。
今春の玉ねぎは既に収穫が済んでいたが、毒を浴びた土を取り換えるにしても、この先数年間は畑を使えない。
半月ほど前から、やや北へ行った所にある辺境の集落でも、ぽつぽつ似たような話があったことを、村人たちは思い出してぞっとした。そこでは数日の間隔をあけて、相当数の農家が被害に遭ったのだという。
「……いやな話だな。お姫、この辺の情報は城に報告入ってないのか?」
「初めて聞いたわ」
ナイアルに問われ、エリンは首を横に振る。
称号ごと王族の身分を手放したが、元女王のエリンは今でも城の中心部住まいだ。現在テルポシエを支配している“蛮軍”エノ軍、その幹部のひとりパスクアの妻として、もと二枚目の夫と日々けんかしながら仲良く一緒に暮らしている。いや矛盾ではない。
エノ軍の書記役のような内職もこなしているから、重要な話や事件などは自然耳に入ってきて、エリンなりに領内事情は網羅しているはずなのだ。
「誰も、テルポシエ市内に苦情を言いに来なかったのでしょうか?」
アンリは首をひねる。その脇でダンは、内心つぶやいていた。
――怪我人や死人が出たわけでなし、畑がだめになったというだけ……。文句を言ったところで聞き入れてはもらえないだろうと、皆泣き寝入りしたのかも。実際その程度でエノ軍の部隊が動いてくれるとは……うん、誰も思わないだろう。俺も思わない。て言うかね、旧王政下でも辺境の小騒動に一級騎士は動かなかったよ。代わりに俺ら市民兵が、下っ端の巡回騎士と警備に行ったんだよね……ほんと、めんどくさかった……。
軍人歴の長かった店長ダン、割と読みは正しい。けれど口に出す彼ではない、とことんめんど臭がり屋である。
「まあ、自警団でなんとかしてくれと言われるのがおちだろうな。あそこは地方分団拠点からも離れているし、警邏巡回するにも網目が粗くなる」
ナイアルの言葉に、ミサキお婆ちゃんは小さな肩をきゅっとすくめた。
「……そうかい、イスタが自警団を組んではみたものの、村の皆はびびっているのだな? 無理もない。岬の集落は犯罪なんかと縁のない、のどかな村なんだからな」
「そんな平和な村の農家さんたちを、陰険姑息な手段で脅かすとは……。毒をまいた奴らを、捨て置けませんッ」
平鍋ティー・ハルの柄を右手に握りしめ、アンリはきりっとした顔で言った。
「ナイアルさん。長い潜伏の間、俺たちを優しく見守ってくれた岬の集落に、ご恩返しの時が来たのではないでしょうかッ!?」