58.おさかな市場でよりどりみどり
「さあっ、東門とその周辺が見えて参りました! すごい人だかりです、何という賑わいなのでしょう! いつ見ても感心します、このテルポシエ市のいったいどこに、これだけの人間が棲息しているのでしょうか~!?」
「……」
「とか言いましたが、実際は市外近隣・領内各地からの買い物客や、仕入れ目的で来ている業者もだいぶ多いそうなのですねー。この辺ぜんぶ、ナイアルさんとお父さまの受け売りです。それでは我々も食材の買いつけにいざ出陣、今日もどうぞよろしくお願いします! ビセンテさーん」
テルポシエをぐるッと取り囲む背の高い市外壁、それより低い市内壁。二重の市壁のあいだにある細長い空間には、夏のあいだ定期的に市が立つ。
イリー街道へと繋がる東門の周辺で開かれるから、≪東の市≫と呼ぶ人も多かった。
まだ早い時間帯だというのに、アンリとビセンテの眼前には、ものを売り買いする人びとの賑やかさが広がっている。そうは言っても、大の男二人がはぐれてしまうような混みようでもない。大籠を背負ったビセンテが先に立つ、やはり両手に籠を二つさげたアンリは、その後ろをきょろきょろしながらついてゆく。
荷車を背にした台の上に、農家らが旬の果物の詰まった木箱や籠をところ狭しと並べていた。野苺、すぐり、黒いちごに炎いちご……。赤と緑の二色いろどりが美しい、早生のりんごを売っているじいさんもいる。青々とした香草類に、夏かぶ、にんじん、生の豆もある! ああ、なんて美味しそうなんだろう! アンリの心は旬の食材にときめき浮き立って、頬がますます赤くてかる。ぺかっ。
「おい」
前をゆく獣人ビセンテが、ぎょろりとアンリをねめつけてきた。
「はっ、すみません!」
少し後れかけたアンリは、足早にビセンテに追いついた。
――いかんいかん、今日はお野菜は買わないんだった!
何十組も売り手の集まる、大きな市である。売るものごとに場所がわかれていて、二人は一番南はしにある、鮮魚売りの一画をめざしていた。
「ほほーう! だいぶ、漁師の皆さんがいらしてますねッッ」
海からやって来たばかり、新鮮な生ざかな特有の香りが漂う中を、ビセンテとアンリはまずじっと見まわした。やがて獣人は、売り手の台や荷車の前を、ゆっくりと歩いてゆく。
どこの荷車の前でも、売り手と客とが熱心に会話を弾ませていた。少し行列のできているところもある。
「今日のあなごは、ちっとばかし別格がそろってるよッ」
売り手の多くは、テルポシエ市近郊の集落から来ている地元漁師や海女さんだ。買いに来ているのは早起きの一般市民、加えて飲食業者らしいのがちらほら見受けられる。
普段はひいきの魚屋を通して買うが、市の立つ日はとびきり鮮度の高いやつを安くまとめ買いに来る、という料理人は多い。“金色のひまわり亭”アンリもその一人なのだ。
「さわがにー。さわがにー」
――へぇっ、森の沢でとってきたのかな!?
「そこの奥さん、おいしい虹ますはいかがー」
――お~う!! 湖沼地帯から来たのだねッ!
「ふかふか、うみうし~~」
――きゃっ、きもかわゆーい!!
個性豊かな海山の幸に、直接出会える面白みもある。
ぐるッと売り手一同を見回ってから、ビセンテは立ち止まってアンリを見下ろした。
「……いかがでしたッ!?」
「かさごと、ふえ貝」
料理人の問いに、獣人は短く答えた。
「……ふうむ。では本日も、豪華うしお汁で決まりですね……! ふえ貝は食べやすいし甘みがたっぷり出るから、かさごの身が少々小さくても、お客さんは大満足でしょう」
二人はまず、東海岸から来たと言うよぼよぼ漁師じいさんから、小さなかさごを十二尾買った。
「おおう、何という悪者ふうな見かけ! しかし予想を裏切って、ぎんぎらど派手なきみのお肉は、繊細な白身なのだ……!!」
次いで、年若い兄弟の売っていたふえ貝を買い切る。
「すげえ! お兄ちゃん達、どんだけふえ貝好きなの? ぜんぶ食っちまうの、これ!?」
「しっ、お客さんだぞ……」
「あはは、そうだよ! 大好きなんだ、ふえ貝ー」
ゆうべ採ったやつを砂抜きしておいた……という少年たちの籠から、全ての貝を手持ちの籠に移し替えて、アンリは頬をてからせる。
ビセンテはどうしてなのだか、魚に目が利いた。いや鼻がきいてるのかもしれない。
魚さばきと貝殻外しが異様にうまいのはだいぶ前から知れていたが、それに加えて数多ある中から、とびきり鮮度が高く、状態のよいものを見抜くことができた。
あまりに豊富な選択肢を前にすると、アンリはついつい有頂天になってしまう。そこで魚に関しては、ビセンテに一任して選んでもらうのだ。
――ほんとに、ビセンテさんは逸材中の逸材きら星だ。料理をするわけでもないのに、どうしてこんなに素敵なものを見抜く力を持ってるのだろう??
かさごと貝、二人はそれぞれの荷を持って歩き出す。アンリはあまり人語を話さぬこの獣人の不思議な能力に、毎度のことながら感心していた……。
ふんッ、ビセンテは鼻息をついた。これは満足感をあらわしている。
実は彼は、魚をよく知っていた。それは当たり前といえば当たり前だった。
“第十三遊撃隊”の連中も知らないことだが、彼は魚屋になるはずだったのだから。




