56.ミオナとそいつ
ナイアルは、ぱちっと笑顔になってミオナを見下ろした。
「簡単だよな! “紅てがら”すりゃいいんじゃないか、ミオナちゃんっっ」
――えっっ!?
明るく言われたその呼びかけに、壮絶な違和感をおぼえてミオナが目をぱちぱちさせていると、ナイアルは店から廊下に通じる戸を開け、半身を入れた。
「お姉さーん! ミオナちゃんにあげる分、お店のてがら、もらっていいですかぁー!!」
台所で三枚目の贈答のしを書いている姉は、弟の言い方に全く気を留めずに返事をする。
「あいよー」
「ありがとうー、マリエルお姉さーん」
くるっと勘定台にかがみこむと、ナイアルは下の備え付け棚から紅色てがらとはさみを取り出した。じゃき、じゃきんと二本分を切り取る。
「髪、といて結び直すよ。はい向こうむいてー」
「……」
ミオナは唖然とした。
「……ナイアル君??」
全くためらわない手付きで、ナイアルはミオナの三つ編みおさげを解いてしまった。そこを手櫛でじゃかじゃか梳く。頭の後ろを、指ですーっと分けられた時に、ミオナはひゃっとして肩をすくめかけた。
「いい髪だねー。このうねうねってさ、生まれつきなんだよね? 面白ぇー」
「……」
「三つ編みしててもかわいいんだけどさ。俺は結んだだけの方が良いと思うな! うねうねを編んじゃうのは、もったいないよ。ほんと」
ナイアルだけど、ナイアルじゃない。のんびり、まったりした口調で話してくる背後の男を、ミオナは全力で怪しみ始めた。
「うちの妹は、わりと真っ直ぐだしねえ。シャノンもその上を行く直毛だったから、こんなうねうねは初めて結わせてもらったよー」
――ナイアル君の身体に……。誰か他の何かが、入ってるッ……!!
ナイアルの大きな手が、ミオナの耳のすぐ下あたりで、きゅきゅっと結び目を作った……。
「さあー、できた。うん、かわいい! 似合うよ~!」
男はミオナの前に回り込む。ナイアルでない誰かに、しかしナイアルの笑顔と声とでそう言われて、ミオナの顔はぼうっと火照った。
「……あの、……あなたは……?」
「あ、やっぱわかる? だよね、魔女さんの娘だもんねぇ」
そいつはふふふと微笑む、ナイアルにない上品さで。
「心配しなくって良いんだよ。俺も君とおんなしで、ナイアルのことが大好きなのさ」
かーッッ!!
困惑に加えて恥ずかしさで、ミオナの顔はさらに真っ赤に熱くなる。
と、と、と……。
足音がして、背後の扉が開いた。
「終わったよ~。おや、髪におてがら結んだの? かわいいねぇ」
ミオナが振り返ると、贈答のしを手にしたマリエルがこちらを見ている。
「お? 本当だな。ああそうか、こうすりゃ店のうちの者と、すぐにわかるな!」
もう一度ミオナが振り返れば、そこに立っているのは、
……いつものナイアルだった。
「さっすが姉ちゃん、ありがとよ」
「うん??」
首をひねるマリエルと、紅てがらを結んだのはマリエルだとばかり思っているナイアルに挟まれて、ミオナは何も言えずにどぎまぎしている。




