52.アンリの出張!お城仕出し
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「それじゃあ、よろしく頼んだぜ……。ほんとに、手伝いは要らねぇんだな?」
「ええ、大丈夫ですよ……。くくく」
不敵な笑みを浮かべて、アンリは焼きたて顔をてからせた。
対峙している東部ブリージ系の大男もやはり料理人の恰好、前掛け姿である。
「俺は地下倉庫の在庫点検をしてから、夜の仕込みに取り掛かる。その後に東部風あっさり煮物を、こっちの予備のかまどでこしらえるつもりだ。あんたは右半分を使って、がっつりやってくれ」
ここはテルポシエ本城、地上階の大厨房である。
エノ軍専属・昼の料理長から指名を受けて、“金色のひまわり亭”料理人アンリは軍賄いの仕出しに来たのだった!
――ううむ、さすがお城の厨房だ。何と言う広さ、こんなにかまどが並んでいるとは……。壮麗というものだ!
長ーい卓子の上にまな板を置き、アンリは大量のにんにくと玉ねぎを刻み始める。次いで包みを解いて巨大な塩豚のかたまりを取り出し、これも細かく刻んだ。
熱した鍋に、豚の脂肪を溶かす。じゃ、じゃッ! にんにくと玉ねぎを軽やかに炒めたのち、塩豚を投入する……。うっとりするような、ぎっとり脂の匂いが漂う。
「ようし……!」
塩豚がこんがりとしてきたあたりで、アンリは背負い籠に入れて持参していた、自前の寸胴鍋のふたを開ける。その中身を、塩豚の大鍋にぞろろっと入れた。
流れ込んでいくのは、白いんげん。テルポシエ人の大好きな豆だ。ゆうべから水に浸けて戻しておき、早朝下茹でしたのである。
ふつふつ煮立ってきたのを見きわめて、今度は素焼の壺の中身、乾燥赤宝実のつぶしだれを入れ混ぜる。
アンリがもう一つくず蜜の壺を取り出し、中身を全部鍋に流し込んでいるのを横目に見て、エノ軍の料理長はぎょぎょっとした。そんなに甘くすんのか!?
「さ~、中火で煮込みに入ります……。この間に、洗いものっと」
寸胴鍋と道具類を流しに置きつつ、アンリは猛禽の如くするどい視線で、料理長側の製作風景を観察し始めた。
――ぬううッ、あの白っぽいふわふわは一体何だ!? ……乾燥させた海藻≪うみごけ≫に見えるが、あれはお粥に入れるものではないのかッ。あっさり煮物に入れてしまうのか、東部の料理はまったくの未知世界! 異世界だッ! そんな異世界で腹ぺこちゃん達に恋する料理人の俺、この物語はまちがいなく異世界恋愛! 分類項目は合っているぞッ!
興奮を率直にあらわして、焼きたて頬がもも色にてかる。視線を向けなくてもわかってしまっている百戦錬磨の料理長は、その白い海藻をむしる手を休めずに、さりげなーく口を開いた。
「今は、ほれ……夜もそんなに冷え込まねぇからなぁ。≪玉子こごり≫が受けんだな~」
ぴかーッ!! てかりが最高潮に達した!エノ軍料理長は顔を上げて、まぶしそうにアンリを見た。
「……知ってっか?」
「いいえ……、知りません! どんなものなんです? たまこ・ごごり!!」
「溶き卵が煮凝りになったやつだよ、名前のまんま。この海藻な……、≪あがが・のるり≫の力を使って、ぷりッと固めるんだ」
「ほ~、ほ~!! たまこ・ごごり……!!」
アンリはエノ軍料理長にすり寄ると、貪欲な表情にて未知の食材をにらみつけた。




