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50.若きお直し職人の悲哀

 

 ダンがレイに出会ったのは、途方もなく大昔のことだった。


 実に想像しにくいが、“第十三遊撃隊”の死神隊長であり、現在“金色きんのひまわり亭”店長を引き受けるこのお直し職人にも、十代だった時代があり、青春があったのである。


 当時からとことん内気なのっぽだったが、お見合いを経て結婚を前提に付き合っている女の子がいた。ルルミちゃんという、はきもの商の娘である。


 ところがある日突然、彼女はダン青年に「ごめんなさい」と別れを告げた……。何と言うことだろう! 別のお見合い話が降ってわき、その相手が格段に条件のよい家の息子だったから、ルルミちゃんは迷わずそちらに鞍替えしてしまったのである。


 テルポシエのお見合い結婚ではよくある話、自分の人生選択を見極める娘を薄情者と非難する風潮もないが、その時点で深く彼女を想っていたダンは茫然とした。意気消沈の日々が長く続いた。



「おぇ……。ちっとは気分転換になるかもしれん、行ってきな」



 存命だった優しい父に背中を押され、ダンはふらりと“東座”に行く。父が直した俳優の衣装を見に、それまでにも何度か来たことはあった。


 しかしその時の演目は、『ロマラーンの古城』。とんでもない速さで恐るべき量のだじゃれを繰り出す主人公の偏屈騎士に、ダンは魅了され圧倒され、ついでに失恋の毒気を抜かれた。



――すごーい。おもしろーい!



 へんくつ騎士ロマラーンの醸し出す世界、自分の日常とかけ離れた舞台の異界にはまりこんだダンは、頻繁に“東座”の夕べ公演に通うようになる。


 騎士ロマラーンを演じているのが、レイ・リーエという若手なのだと知る。


 季節が変わり、演目が変わっても、三日と開けずに観に行った。


 父は、息子の直し仕事に華やぎ・・・が加わってきたと喜んで、これも芝居衣装の効果かねと言った。



 やがて青年のところに召集令状が来る。



――二年なんぞ、あっちゅう間よ! 帰って来たら店を継いで、とことん働いてもらうからなぁ。



 そう言う父に明るく送り出され、入営した。市民兵……テルポシエ二級騎士となってからも、休みのたびに“東座”へ行って、レイ・リーエの七変化を観ていた。


 けれど父が急死して、帰る店がなくなってしまってからは、行きにくくなった。


 奇跡的方向おんちのダンは、実家を起点としてしか“東座”に行けない。そうして変化の早いテルポシエ市内のこと、目印にしていた店の屋号や大花壇などが様変わりを重ねて、……ついにダンは“東座”への行き方を、完全に見失ってしまったのである。


 故郷にいても一人ぼっち、どうしようもなかった。


 気がつけばそのまま、ダンは軍属になってしまっていたのである。




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