49.名優レイ・リーエ
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「本当に、どうもありがとう。素晴らしい出来栄えです」
男にしてはやけに高めの声。しかし女のものとも判じきれない不思議な声で、その人物は満足気に言った。
ここは“金色のひまわり亭”、上階にあるお直し職人のすみか兼仕事場である。壁に取り付けられた年代ものの姿見鏡の前に、長身の“古貴族”が立っていた。入り口間際、思わず口を開けて、驚いたエリンが立ち尽くしている。
「すごい……、すごいわ! 装飾写本の登場人物が、そっくり物語の中から飛び出してきたみたいよ……!」
エリンは白い頬を紅潮させて、少女時代に読みふけった数々の絵入り物語をなつかしく思い出している。陥落とともに散り散りになってしまった、城の書庫の本たち……。
「ブローン侯と言って、通ります? 姫様」
「ええ、もちろんよ……レイさん!」
年代を感じさせる、ぞろりと派手な装飾つきの松色外套をまとい、そこに立っているのは『ブローンの悲劇』の主人公……に扮したレイ・リーエだった。知る人ぞ知る、テルポシエ東座の名優である。“七変化のリーエ”の異名をとる彼は、役ごとにあまりに違う人物になった。ゆえに同一俳優とわからない人も多い。
「ここの、後ろ部分のひだは取り外しができます。立ち回りの場面では安全上、念のために外した方がいいかもしれません」
「おや、なるほど」
ぎんぎら視線を走らせて、寸法たがいやわずかなほつれがないかを確かめつつ、ダンが説明をするのにレイが相槌を打っている。しかし今回も会心の出来栄え、お直し職人の死神まなこがさらに赤く、口角がいつもよりずっと上がっている……こわい。
「百年以上前のお着物とは、とても思えないわ……。一体、どんな舞台になるのかしら!」
ほうっと、溜息をつきながらエリンは言う。
「ふふふ。姫様ご提供の衣装ですもの、とんでもなく華やかになりますよ! 皆さん、どうぞ見にいらして下さいましね」
テルポシエ城の倉庫には、一世紀を経て貯蔵されていた典礼用の古い衣類がたくさんあった。受け継ぐ旧貴族王族が消えたいま、古物商に売って処分してしまうことも考えたが、元女王のエリンはふと、舞台衣装として寄付することを思いついたのである。
長年、各地に潜伏していたテルポシエ残党と自分との間を取り持ってくれた、連絡係レイの率いる一座に。
忘れられていたそれらの衣は、一座の衣装係や市内の仕立て職人、ダンのようなお直し職人の手によって次々と息を吹き返し、はでな舞台衣装として新しく生を受けるのである。
こーん、と鐘が鳴った。
昼の営業時間が近づいている。エリンは階下にゆき、レイは脱いだ外套を、ダンと一緒に丁寧にたたんだ。
「今後とも、よろしくお願いします」
外套を詰めたつづら箱を手に、レイは玄関前でダンに笑った。あでやかな笑顔である。
「こちらこそ」
ダンも笑った(つもりだ、こわい)。
そう、これからも死神お直し職人は、この名優レイ・リーエをひそかに応援してゆく気でいる。




