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48.驚きアフタヌーン湯パーティー

 

・ ・ ・ ・ ・



 翌朝、順調な航海を経た定期航行船は、オーランに入港した。


 そこから農家の荷馬車に相乗りをさせてもらい、“第十三遊撃隊”はようやくテルポシエに帰りつく。


 “金色きんのひまわり亭”を留守にして、ここまでで四日。エリンはうまくやれているだろうか?


 小雨がひいて、虹の輝く午後の終わり。湿った白亜の城塞都市へと入る……灰色雲が低く行き過ぎるその下を、四人は足早に南区へ向かった。



「アンリ、今日の夕めし営業は大丈夫か。あんまり準備の時間もないが」



 濡れそぼった石だたみの路地をずんずん進みながら、副店長が料理人にたずねる。



「ふっ、まかしといてくださいよ。地下の食糧貯蔵庫には精鋭玉ねぎ軍団がいるんだし、菜園の香草やくみ達の力を借りれば、何とかなります。あとはビセンテさんに、さかな屋へ走ってもらってですね……」


「要するに、全然平気つうこったな。よし」



 テルポシエ南区・旧アリエ邸、“金色きんのひまわり亭”の店前に、とうとう四人はたどり着いた。


 ……しかしそこでアンリ・ナイアル・ビセンテ・ダンと身長低い順に並び、同時同速同角度に、そろって小首を傾げた。



「……? 何なんだ、≪本日貸し切り≫だと……?」



 路に面した正面玄関手前、石塀の上に作りつけたお知らせ用の掲示箱に、エリンの流麗な筆致でそう書かれた布が、貼り付けられている。


 ぴくり、ビセンテの毛先が反応する。



「……」



 彼は正面扉を見やって、けげんそうに蒼い双眸を細めた。聞き慣れぬ妙な話し声が、店の中にあふれている……。


 そこで四人は、慎重に裏口へと回り込んだ。


 ナイアルがそうっと厨房の戸を開ける。


 その途端、食卓で巨大な急須きゅうすを扱っていた娘が顔を上げた。


 ぱああっ!!


 満開のうれしさを湛えて、ミオナは駆け寄った。ふわっと副店長の腕に両手をかける。



「おかえんなさい、ナイアル君!!」


「いよーう。……ありゃ? 何でお前がいるんだ、ミオナ? 今日はお習字稽古の日じゃねえよな?」



 娘の暗色髪の頭てっぺんをなでつつ、ナイアルは聞く。その時、すいっとナイアル母が厨房に入って来た。



「お帰り。いま、アランさんがお客に来てるんだよ。お母ちゃんと一緒に座ってていいのに、この子は手伝う方にまわってくれてさ」


「客ぅー??」


「ありがたいものだよ。見てごらん」



 そこで四人は、長台の後ろから客間の方をのぞいてみる。思わず、ナイアルはうげッと声を上げそうになった。



「きゃっ、きゃっ」


「きゃっきゃっきゃっ」



 しわしわなの、ころっとしたの、ちっさいの、ふつうの……。様々な形態のおばちゃん達が、全席を占領して笑いさざめいている! ちんまり座った声音こわねの魔女、アランの姿も見える。



「そらー、あかんて~」


「うそちゃうー?」


「知らんけどぉ」



 早口でまくしたてられているのは、滑舌よすぎな上方かみがたティルムン語!



「なっ……!? あれはエノ軍所属の、ティルムン理術士隊ではないかッ。しかも中心にいるのは幹部!! いったいどういうことなんだ!?」



 無数の各種おばちゃん達の間に、こんもりした巨漢とほっそい射手型の男がいる。はやくち談笑につつまれて、どちらも和やかな表情でゆのみをすすっていた。



「あらっ、皆さんおかえりなさい! 無事で何よりだわ、けっこう早かったのね?」



 空のゆのみをお盆に満載して厨房に戻ってきたエリンが、四人に向かって笑顔になる。



「おひい……これは一体……!!」


「ウーディク君が、理術士隊の皆さんと親睦会のできる場所を探していてね。お酒や食事でなしに、豪華なおやつがいいと言うから、≪午後のお湯会≫を提案してみたのよ」



 ぺかーっ! 瞬時頬を赤くてからせ、アンリは素早く客間の卓上を観察した。


 湯のみの合間に、蜜煮の壺や果物の小鉢、こんがり焼いてあさつきを散らした乳蘇ぱんなどを並べた大皿が、ところ狭しと並べられている。



「なるほど……! 豪華お湯受けで、おもてなしと言うわけですね! さすがおひいさまッ」



 てかりの上に、さらにちかちかした輝きがともる。料理人はわなわなと身もだえた、これも嬉しさの表現らしい。



「ではッ。出る前に仕込んでおいた、きゅうりとかぶの漬け物も開けてお出ししましょうッ! 手を洗ってきますッ」



 一方、ナイアルは内心でうなっていた。



――午後の、お湯会ッ……! 俺には、到底思いつかないやり方だ!!



 しかも、料理人不在という限られた環境でそれを実行してしまうエリン。やはり引退しても、女王は女王である!


 昔の仇敵エノ軍幹部が客というのがしゃく・・・ではあるが、そこのところも客は客。割り切って、副店長も外套革鎧を解き始めた。


 ダンはいそいそと玄関へ向かった。そこに置かれた客外套に毛払ぶらしをかけるのだ、こう数が多いとがぜん張り切る店長である。


 ビセンテは麻衣の袖をまくった。流しに手を入れかけたミオナに、ふんふんと首を振る。そこにたまった大量の湯のみ皿類を洗うつもりだ。


 白地にひまわり刺繍の光る前掛けをしめて、いざ出陣と客間に出かけたナイアルは、そこに立つ二人の男性を前にしてぎょっとした。



「ええっと、何かご用で……って、あれ??」


「あ、こんにちは。お久しぶりです」



 だぼんとゆるい麻の短衣を着た、若い男ふたり。うち一人は、顔全体を覆う不思議なかぶり物をつけていた……。見知らぬ動物の頭をかたどったものらしい、大きな目の部分が玻璃になっている。



「ここの従業員さんだったんですね」



 あくまで平らか、無表情に話しかけてくるもう一人に、ナイアルは見覚えがあった。



「あんた、東の丘のふもとにいた……!」



 春先にあった巨人出現の大惨事において、いい感じに自分たちを手伝ってくれた人物。敵方 (だった)若い理術士ではないか!



「あの時は、本当にありがとう……! おかげで、助かったよ」



 誠意を込めて言いつつ、ナイアルは青年の腕を叩いた。それで一瞬、理術士もはにかんだような笑みをにじませる。



「いえ、いいんです。僕あのあと、何でか長く寝付いちゃったもので……。記憶がおぼろげなんですよね。……ええと、それで、すみません。僕もロボ君も、お手洗かりたいんです。どこでしょう?」


「ああ、そこの廊下の右側と……、上階踊り場あがってすぐに、もう一つありますよ」



 二人は、いそいそと客間を出て行った。



「おっ、ナイアルくーん!! こっちに美女桜ばーべなのお湯のお代わり、もらえる~~? 蜂蜜入りでぇー」



 ころころ転がすような独特の声を上げて、“声音こわねの魔女”アランがひらひら手を振った。



「何や、テルポシエのお兄ちゃんや」


「おもしろ顔で、かわいいやん? うちにも給仕したってやー」


「あんた浮気やな。これ、ウー君を囲む会やで?」



 途端、ティルムン早口がどどっとナイアルに向かって押し寄せてくる。副店長はひるまない、にやッと不敵に笑って答える!



「へい、ただいまー!!」




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