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46.哀しみ癒すがちょう鍋

 

・ ・ ・ ・ ・


 敵のものだった馬三頭と馬車とは、とりあえず拝借しといてよいとデリアド分団騎士に言われたので、これを使って一行はイーム達の集落へと帰還する。


 確かに隠れ里の周りには、黄土色の外套を着た二人一組のデリアド騎士たちがそこかしこにいて、イーム達に気づくと合図をしてきた。


 慎重に罠をくぐり抜けて工房までたどり着いてみれば、東部ブリージ系の女たちはがちょう鍋に手をつけないまま、かまどの火のそばに寄り添い合って、一行の帰りを待っていたのだった。


 アンリが鍋を温め直す間、イームはその近く、タリナ少年に向かい合って座る。


 年端の行かない子どもをどう慰めたら良いのか、蜜煮職人にはわからない。しかし、嘘や気休めがさらなる傷になるのが恐ろしかった。しかたない、本当のことを言うしかないと腹をくくる。



「……タリナのお母ちゃんはな。あたし達の前から逃げてしまって、行方がわからない」



 小さな手の中に、スターファの金鎖をのせた。



「……」



 少年は、膝を突き合わせて腰掛に座るイームに両手首を支えられたまま、その金鎖を、次いで蜜煮職人の顔を、じっと大きな瞳で見つめた。



「そうしてあたしに、あんたのことをよろしく頼むと言っていた」


「……今度のお母ちゃんも? どっか行っちゃったの……?」



――こんどの・・・・、って何。



 おたまで鍋の重い中身をかき混ぜながら、二人のすぐそばにいるアンリは心の中で問う。


 う、う、う……。やがて少年はうつむいて、肩を震わせ始める。少年の後ろから、カーフェがその背中をそうっと抱きこんだ。



「スターファお母ちゃんの前のお母ちゃんは、何日も何日もうちに帰ってこなくって……そいでお母ちゃんの代わりに、俺とうちゃんに殴られてたんだ。俺の声聞いて、入ってきたスターファお母ちゃんが、とうちゃんをぼこぼこにぶん殴り返して、俺を家の外に連れ出してくれたの……」


「そうだったのね。痛かったね……」



 カーフェが低く、少年に囁く。



「生みのお母ちゃんのことは、ずうっと前に死んじゃったからおぼえてない。けどスターファお母ちゃんは、すっごく優しかったよ……。ほんとの親子じゃないってこと、他の人には秘密にしとこうと言われたから、そうしていたんだ。俺」



 隠しぽっけからいちご柄のふきんを取り出して、イームはタリナの顔を拭く。



「心配しなくっていい、タリナ。スターファさんに頼まれたんだ、あんたの面倒はあたしとカーフェにまかしとけ」


「そうよ、タリナ。わたし達がついてるわ、元気を出しましょうね」



 ふわふわした鳥の巣様の金髪を少年の頭にくっつけて、カーフェが低く温かく言う。



「じじも、居るよ」


「ばばも、ついとるよ」



 鎖鎧で武装したままのじいさんばあさんも、横からふが・ほご、言ってよこす。この二人は、“さしもぐさ”集落の護衛役なのだろうか。



「僕は書類関連でしか、力になれませんが。ううっ」



 少し離れて、食卓上で何やらがりがり筆記中のエンダ青年が、さりげなく手巾で目元を覆った。



「さあ……できた! おいしいがちょうを、皆でいっぱい食べようね」



 大鍋の湯気をまとい、かまどの火にぺかぺかっと頬をてからせながら明るく言った料理人アンリを、ふいっと少年が見た。



「腹ぺこちゃん! がちょうは好きかい!」


「……食べたこと、ないの」


「アンリちゃんのがちょう鍋は、うまいぞー。さあ、皆でたっぷり食べて、元気を出そうじゃないか」



 イームの頬も、ぴかっとてかる。


 それで疲れた顔の東部系の女たち、かなしく裏切られた“さしもぐさ”工房の面々、遠くの末席に泥のように座り込んでいた“第十三遊撃隊”も、いっせいにアンリの手元……金色の脂がまばゆく光る、がちょう鍋に視線と食欲をむけた。


 そうだ、食べよう。なにかを乗り越えるため、つらさをやり過ごすためには、まず一口。なにはともあれ、生きるために……できればおいしいものを、ひと口。





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