42.分乗あいのり大追跡! あおりはいかん!
ど、ど、ど、ど……。
裸馬となった三頭に分乗し、“第十三遊撃隊”はひたすら南を目指す。
先頭をゆくのはナイアル父、その後ろで獣人ビセンテは感覚を全開にしている。常人の聴覚嗅覚ではとらえられない馬車の軌跡を、ビセンテははっきりと辿ることができていた。
「ビセンテ、このまま行くのだなッ!?」
「ちっとでも外れそうなら、すぐ言えよッ」
「……」
すぐ隣を駆るナイアルは、父とともにまめに呼びかけを続けた。ビセンテの注意を追跡に集中させ、馬に喧嘩をふっかけさせないためである。
イリー生態系の頂点、阿武熊とがちを張る獣人がひとたび野性の闘争心を燃やせば、アンリの食い気同様に馬どもはびびって、恐慌をきたしてしまうだろう。
「ナイアルさんッ」
ふと、副長うしろにしがみついている料理人が声を上げた。
「何だアンリ、異変かッ!?」
「はい、……何かお腹、ちょっと出たんじゃないですかッ」
「ばかもの、こんな時に言うやつがあるかッ。そもそも入営時から腹の出っぱなしなお前に、言われる筋合いねぇぞッ」
「俺のお腹には、夢と野望と経験値がつまっているのでーす」
ぎゃんぎゃん言い合うナイアル・アンリ騎のすぐ後ろでは、黒馬に乗ってちょこんと御すイーム、その矢帯に申し訳ていど手を添えたダンが、所在無げである……。
隊長は方向がさっぱり取れないというだけで、実は馬を御すこと自体はできる。ついてくだけなのだから、自分で御したっていいのだ。
「ようし大将! あたしにしっかり、つかまっていろよ!」
……しかし張り切ったイームにそう言われてしまったため、従っている。
もうすっかり、森の茂りは抜けていた。途中、遠方に集落の灯りをいくつか過ぎ越したが、ぼんやりと白っぽい道に人影は皆無である。
やがて暗い丘陵が途切れ、いまだ青さを湛える海、水平線が前方に見えてきた。道は沿海部に沿って、東向きにしなり続いている……。切り立った崖のそばに近づく、前を行く黒い点がある!
「いたぁッッ」
イームが叫んだ。
「どうすんだ、ナイアル君! このまま追いついて、引っかけるか? それともびったり真後ろに貼りついて、とことん嫌がらせかッ」
「ここで馬車あおってどうすんだよ、イームちゃん! 向こうの馬が暴走してるだけかもしれんのだ、まずは左右・後ろで囲ってみようッ」
馬車と三騎はしだいに距離を詰める。
「……この距離で狙撃してこないところを見ると、飛び道具持ってるやつはいませんねッ」
両腿で馬の背をぎうーと挟んだまま、ナイアルの後ろで中弓に矢をつがえているアンリが言った。
「追い越しざまに仕掛けてくるかもしれん。油断すんなよ」
ナイアルは隣をゆく父と、目を合わせた。
いなせな父はしたり顔でうなづいて、ささっと馬の速度を上げる。父の背中では、ビセンテがやはり両腿で馬の背を引き締めながら、両手に山刀・短槍を持っている。まさかの飛び道具攻撃に備え、はじくつもりでいるのだ。
――よーい、しょ~。
イームの後ろでは、ダンが平常心そのまんま、うなじの後ろ水平に例の長槍を両手で支えていた。この人も色々はじくのは得意である。やっぱ運転イームちゃんにまかしといて正解だったと、げんきんに意見を変えている。
だだだだ……!!
ナイアル騎と父騎とが、馬車をひく二頭の両脇に並ぶ!
アンリはぐるりと身体をねじり、中弓をいっぱいに引き絞って、車の中に向けた。
「止まれーッッ」
ナイアルの怒鳴り声、しかしうす暗い車内にうごめく影は……一つだけ。
――えっ!?
夜目のきく料理人、そして反対側にて山刀を構えていた獣人は、うっと胸を詰まらせた。
がらがらがら、…… か、たん……!!
それまでの爆走が嘘のように、みるみるうちに二頭は速度を落としてゆく……。
あっという間に常足になると、三騎が取り巻く中で、やがて立ち止まった。
「……スターファさん?」
イームが馬上から声をかけた。空っぽの御者台、車内にはやはりたった一人の気配しかない。
「スターファさん。あたしだ、イームだよ……! 助けに来たんだ、安心して出てきておくれ!」
馬たちの荒い呼吸以外、誰も何も言わない……。沈黙がおちる。
――縛られたまんま乗せられたんか……? いや、それにしちゃあ……静かに座ってんぞ、この人。あ、もしや気絶してるのか?
ナイアルはいよいよ訝しみながら馬を降りる、皆がそれに倣う。
「スターファさん」
イームが近づいたその時、かたりと馬車の扉が開いた。もそりと誰かがおりてくる。
背の高い、ちぢれ暗色髪の東部ブリージ系のその女には、恐慌した様子など全くなかった。地面に足をつけて立つと、女はイームを正面に見つめ、次いで第十三遊撃隊の面々を眺めまわす。
「……何てことしてくれたんだよ。あんたら」




