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41.“第十三”の大立ち回り

 

・ ・ ・ ・ ・


 薄明、たそがれ時の森の四ツ辻。


 そこで待ちあぐねていた男たちは、別の一団の足音と気配とを察知して、腰掛けていた馬車の御者台からすべり降りた。



「……ずいぶんと、遅くなったな?」



 徒歩で近寄ってくる五人に向けて、声をかける。



「何か問題でも、あったのか」


「……熱心な追手がいたもんでな。ぐるぐる回ってまいて・・・、ふり切るまでに手間どっちまったよ」



 先頭を歩いてきた男が答える。一同はずかずか歩み寄って合流し、薄闇に浮かぶ影は七つとなった。



「何だ、しかもてめぇは蒸留酒なんかきこしめし・・・・・やがって……。におうぞ」


「へっ。中継地点で待ってる間に、手持ちをたしなんだだけだ。何が悪い」



 下卑た調子の潮野方言が飛び交う。外套頭巾を深くかぶった面々は、がたがたと大型馬車の中へ乗り込んだり、近くの樹々につないであった馬の手綱をとったりと、すばやくその場を立ち去る準備を始めた。


 ひーん! ひぃッッ!!


 そのどさくさの最中さなか、馬車につながれた二頭の馬が、甲高くいなないた。悲鳴と言っていい。



「おっ、……どうどう、何だ!? どうした」



 御者役の男が、慌ててなだめにかかる。


 ひいいいいん! ひーん!!


 しかしその甲斐もなく、二頭の恐慌は他の三頭にも次々と伝播してゆく。



「おいおい……、狼かイリョス山犬の臭いでもすんのかい!?」



 一人の騎手は、前脚を上げて嫌がっている馬を扱いかねていた。その時ふいと顔を上げ、自分たちの行くべき道の先に、見知らぬ人物がたたずんでいることに気づく。



「すみませぇぇぇーん」



 外套頭巾をやはり深くかぶってはいるが……、一味のものではない!


 その場にいた全員が警戒する中で、謎の人物はのんきな調子で言い放った。



「つかぬことをうかがいますがぁー。お連れの中に、女の人はいませんかぁー?」


「……」



 ひん……ひん、ひーん!!


 怯える馬たちのいななきの中でも、そいつの声はよく響く。



「東部系の女の人を、さらった奴らを探してるんですぅ」



 騎手の一人は、無視して馬を進めようとした。しかしどうしたことだろう、慣れたはずの雌馬は全く言うことを聞いてくれない!



「……答えてくださーい。でないとここは、通しませんよ。お肉さくらちゃんたちは、俺の食い気を恐れて、いつまでも恐慌続行中です……くくく……!」



 アンリは頭巾をはね上げた。


 てか、ぴかッ!


 月も星も、光源らしいものが何もないのに、焼きたての顔が不敵にてかる!


 その瞬間、男たちはぞろりと馬を下り、地上に立った。



「やっちまえ、邪魔だ」


「変な奴……」



 一人が腰に提げた山刀を抜く。素早く振り上げたところを……ぷしッ!!



「ぎゃあッッ」



 その右手上腕に、勢いよく矢羽根が立った! がらんッ。大きな音をたてて、山刀が乾燥の強いデリアドの地面に落ちる。


 ぱこんッ!


 そいつがはっと視線を上げた瞬間、まるい鉄鍋底が男の顔面を直撃した。



「焼き目ぇぇぇッッ」



 ぷし、ぷししッ!


 後方の森からの正確な狙撃が、もう二人の男達の足元を急襲する。攻められ追われて狼狽した男たちは、気づくのが遅れた……。


 どーん!!


 やぶから棒状、一直線にとび出してきた獣人の華麗すぎる一撃!


 二人目の背中ど真ん中に、ビセンテの足刀蹴りがめりこむ。そやつは数歩分も吹っ飛ばされたところで、ばったり倒れた。


 蹴り込んだ姿勢、すなわち片足立ちのそのまんま、ビセンテは地につけた左足を軸に半回転する、くりーん。


 ふわっと跳んで右足着地の左足着き、もいっちょ素早く跳んで~・ばしん、どこッ!


 たった二歩で三人目の前に到着すると、右手の短槍石突きでそいつの棍棒を難なく叩き落し、同時に左手の山刀みね・・で側頭をどついた。



「きゅう」



 白眼をむいて、ぱたりと男はくずおれた……。



「何だ!? 追っ手じゃねえのか!?」



 慌てて馬車の内から二人が出てくる。御者も馬が使いものにならないと判断したのか、台を降りるとやはり腰の山刀を抜いた!



「そう、軍支給の山刀……。ふるーい型のやつ、な?」



 ふっ、と振り向きざまに切りつけてきた御者の横向け一撃を、ナイアルは流れる所作の短槍ではじく。イリー槍道(短)基本の型である、ああ誰かお手本にして欲しい!


 そのまま御者のふところへ、するりと音もなく滑り込んだナイアルは、がっつんと一発……。鋼環を握ったこぶしを、相手のあご下に叩き込んだ。この辺まねしてはいけない、邪道である。



「大将ー、殺しちゃだめっすよー。ここは外国で、俺たちはもう行方不明者でないんすからねー」



 副長の声にこくんと無言でうなづきつつ、ダンは長槍を振った。ぶいん!


 暗い空に、相変わらず美しい楕円状の軌跡が浮く。ばしん! ぶいん!!


 石突き部分に取り付けた大鎌、……ではなくって特大の黒曜石製≪しつけべら≫で、馬車から降りた二人の男を弾き飛ばしたのである。



――切れてなーい。でもきれきれな俺……。さすが……。



 片膝つきの姿勢からすちゃと立ち上がって、夜型の死神隊長はわりと絶好調だ。自分に酔って、片方の口角を上げている……やっぱりこわい。



「やるじゃないか、皆ー!」



 たたた、と後方の茂みの中から、イームが走り出てきた。ナイアル父がその後ろに続く。



「イームちゃんこそ! 相変わらず、惚れぼれするような狙撃だねぇ!」



 てか、てかてかッ! いとこ二人の頬が輝く、光源はいったいどこにあるのだろう。



「さて、ひと通りのした・・・ようだな? 馬車ん中にいるのがスターファさんか、声をかけてやれ! イームちゃん」



 ナイアルに言われ、イームは馬車に向かって呼びかけた。



「……スターファさん、あたしだ! イームだよ! もう大丈夫だから、出てきて……」




 だ、だだっ!!


 その時、馬車は急に走り出した。がらがらがら、田舎道を南方向へ、ものすごい勢いで駆けてゆく。


 イームもアンリもナイアルも、愕然としてその後ろ姿を目で追った。



「な……何で!? 御者もいないのに!」


「人さらいの仲間がもう一人、別に隠れてやがったのか……いや、馬が暴走したのかもしれん! どっちでもいい、おい追うぞ! 父ちゃん、イームちゃん、こいつらの馬を拝借だッ」



 り手を失って不安げにいななき続ける馬の手綱をとりながら、ナイアルはてきぱきと叫ぶ。



「えっ、ええええ!? ナイアルさん、馬にのれない俺と隊長とビセンテさんは、置いてけぼりですかぁぁッ!? そーんなのーは、いーやだぁッッ」



 かーッと頬を赤くてからせながら、アンリは甲高く叫んだ!



「あほうッ。あいのり・・・・すんだよ、鞍はずせッ」





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