表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/90

40.ビセンテ、奇跡の鼻追跡

 

・ ・ ・ ・ ・


「……さっきも言ったが、うちの工房でかくまっているのは、全く身寄りも伝手つてもない、追われるばっかりの人たちだ。イリー語がおぼつかなかったり、子どもを連れていて身軽に動けなかったりする」



 闇の降り始めた森間の小道、先ほど通ってきたのとはまた別の道を、ぐんぐん進みながらイームが言った。アンリと違って、方向感覚は確かであるらしい。



「テルポシエやファダンの山あいには、流入民が作った村もあるらしいが。そういうところには、北部からの奴隷連れ戻し代行業者もたくさんたかる・・・からな。どうしたって危険と背中あわせなんだと」


「ま~、それでデリアドやフィングラスまでは追っかけてこねぇと、皆思って逃げて来るんかね」



 ナイアルの父が、相槌をうっている。



「人間より牛や羊のほうが多いってくれえの、森々したところだからな。ここら辺は」


「あたしもうちの人も、そう思ったさ。けどな、結局どこにも安全な場所なんぞありゃしないのだ。……アンリちゃんたち、トープランの町を通って来たのだろ?」


「そうだよ。そこの食堂の人に話をきいて」


「あそこの町も、ここ一年ですっかり様子が変わってしまった。北部商人とぐるになって連れ戻し役をやってる東部系の男達と、デリアド騎士分団に追っ払われてきたごろつき共が、張り合っているようだ」


「……面倒くせぇ事態だな」



 ナイアルは顔をしかめた。今回消えてしまったスターファという若い母親は、ほんのひと月前に息子を連れて、そのトープランの町にいたところを保護したのだそうだ。


 スターファは奴隷として長く暮らした北方から脱出し、ファダンの流入民集落に暮らして子どもを得たが、夫の暴力に耐えかねてそこを飛び出しのだという。その後こんな所まで来て、途方に暮れていたらしい。


 ようやく念願のイリー市民籍申請をするというところで、奴隷商人とその息のかかったやからにさらわれてしまうとは!



――ほんっっと、めんどくさ。正直なところっときたい他人事なんだけど……。



 森の中をゆく一行の最後尾にて、ついてく専門の隊長ダンは、左のまゆ毛付け根をごしごしと指でしごいた。



――めし係のいとこが困ってんなら、仕方ない……。ま、いっか……。



 蜜煮工房の上階で仮眠を取り、船酔い分の損害を取り戻せたダンは、わりと気分爽快なのだった。揉み療治師であるビセンテ母の治療のおかげで、最近はこむら返りの心配もない。


 その脇を歩くビセンテも、隊長・ナイアル父同様、仮眠できていたので問題はなかった。相変わらずのぶっちょうづらである。


 工房に残してきた二つの巨大鍋、その底に鎮座しているはずのがちょうの骨を得るためには、どうしたって料理人の厄介ごと解決を手伝わにゃならん、と言うことを獣人は心得ていた。


 ……その獣人ビセンテの嗅覚が、妙な気配をとらえた。



「……」



 ふいと立ち止まり、ダンに追い越される。



「どうした、ビセンテ? ……」



 隊長が気付き、次いで前を進んでいたナイアル父子、アンリとイームも足を止めた。



「……くせぇのが、たくさんいる」


「どっちだ? ビセンテ」



 近寄って来たナイアルに、獣人はあごをしゃくって見せた。南方向。



「……? すごいな、ろん兄ちゃんは遠くの人のことがわかるのか?」



 感心しつつも、イームはいぶかしげである。



「けど、南って……? 確かにこの先には分岐点があるんだが、うちの人たちが行ったのは北側の町だ。奴隷商人どもにしたって、北向きフィングラス方面から山間街道に入ると思うぞ?」


「イームちゃん、この人の毛先は信頼できるんだ」



 いとこの腕をそっと触って、アンリは言った。いや毛先以外も信頼してやれ。



「ビセンテさん。今回は、どんな感じにくちゃいのです? たばこか、加齢臭ですか。あるいは乳糖不耐で、お腹膨張しちゃってる感じ?」


「……さけ」


「何だ、酔っ払いが野宿してるだけなんじゃねえの?」


「いや……静かに、父ちゃん。ビセンテ、何の酒だ? 麦で作った黒泡酒か、蜂蜜酒か」


「……りんご」



 ビセンテは目尻にしわを寄せ、やや吐き捨てるように言った。不愉快そうである。


 ナイアルはぎょろ目をぎらっと光らせて、イームをふり返った。



「……その分岐点で、南に下ってみよう。たしかににおう」


「えー、何で?」


「イームちゃん、我々イリー人はほとんど飲めない性質たちじゃないか。こんな森の中で、強いりんご蒸留酒を飲むわけがない」


「うあ、そうか! つまり飲んべえの北の奴らが、いっぱいいるということだな!?」



 

・ ・ ・ ・ ・



 ビセンテの鼻が察知した通り、やがて南むきの細い道上に、何者かが休憩をしていった跡が見つかった。


 草むらの途切れた箇所に、大ぶりの素焼びんが二本、転がっている。ナイアルはその一つを拾い上げた。



「……テルポシエの北で作ってるやつだ。百九十九年度製、かなりたけぇやつ」



 空き瓶にくくりつけられた、銘柄の布札をじっと見てナイアルはつぶやく。



「デリアドやマグ・イーレの店じゃあ、到底置いてない銘柄だよなぁ? つうことは、ガーティンローかオーランで買い込んで来たってか」



 全然飲めなくても人気商品の流通路は頭に入っている、老練乾物商の父も同調した。



「こいつら、イリー街道経由で堂々デリアドに来やがったのだ。ついでに堂々、来た道を戻って帰る気でいるらしい」


「……スターファさんを引き連れて、か? そんな真似ができるわけ……!」



 再び追跡を再開した一行、イームは“第十三遊撃隊”についてゆく形になる。


 いま、先頭を行くのはビセンテだ。続く全員が、彼の毛先に絶対の信頼をおいている! いやだから、毛先以外もぜひ信頼してやって欲しい。


 イリーの夏の夜はおそく落ちるが、すでに辺りは暗くなりかけていた。



「確かに、おかしい。いやがる東部ブリージ系の女を引っ立ててイリー街道を行けば、各国の検所で厄介が出るだろうし、駐在騎士や衛兵にも目をつけられる。どう見たって、そういう関のほとんどない山間ブロール街道を行くのが、後ろ暗い奴らにとっちゃ定石だろう」


「……」



 イームは顔じゅうに困惑をたたえて、ナイアルを見上げている。しかし副長は、平らかな表情を崩さなかった。



――どういうがあるんだか。今は俺っちにも、全然さきが読めねぇな??








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ