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37.ひみつの蜜煮工房へようこそ

 

「で、アンリちゃん。うしろの面々は、一体なにものだ?」


「おっと! 君には初対面の人ばかりだったね、イームちゃん! 俺の店、“金色きんのひまわり亭”で働いてくだすってる、すてきな皆さんを紹介しようッ」



 くわっ、イームは焼きたてぱんのような頬をもも色にてからせ、目を輝かせてアンリに笑った!



「何だと!! ついに店を構えたのか、アンリちゃんッ。従業員がこんなにいるとは、どんだけでっかい料理屋なんだ!? 席数三十、四十かっ」


「あー。これこれ」



 そろそろと森間から出て来たナイアルが、アンリの肩を掴みながら言った。



「残念ながら、ひまわり亭は今んとこ全二十席のちんまりした店だ。初めましてイームちゃん、俺っちは北区乾物商“べにてがら”のナイアル……」



 副長は手際よく、続く面々をも紹介してゆく。



「皆さん、俺が君を探すのに付き合って、ここまで一緒に来てくれたんだ。……ほんとに探したよ! イームちゃんっ」


「……」



 イームは唇をぎゅっと噛みしめ、丸い顔を少しだけうつむけた。良すぎる血色とまき巻き苺金髪、アンリと栗ふたつとまでは行かなくても、やはりよく似たいとこ同士である。


 素朴なつくりの目鼻立ちに、がっしりとたくましい体つき。以前アンリの話からナイアルが想像した通りに、典型的なテルポシエのいなか女性であった。



「どうしていなくなってしまったの。おじさんに、行き先すら告げずに……」


「……ここでは何だし、アンリちゃん。うちの村へおいで、みんな」



 イームはあごをしゃくる。次いで後ろをふり返り、橋の上からこちらをうかがっている、二人の少年に声をかけた。



「大丈夫。あたしのいとこと、お客さんだよ」



 うなづいた二人は、どちらも年端の行かない少年だ。暗色髪、明らかに東部ブリージ系だった。



・ ・ ・ ・ ・



 イームが暮らす“さしもぐさ”集落中心部へいたるまでには、それからも複数のわな・・線を越えた。


 地面すれすれに糸や細縄を張りめぐらせた簡単な仕掛けだが、気づかず歩いて足が引っ掛かれば、樹々や灌木につなげた木片がやかましく鳴るようになっている。



「そこ、踏まないで。気をつけてー」



 仕掛けたイーム本人が言ってくれるが、何でそこまで外に対して警戒するのかと、ナイアルはいぶかしむ。


 やがて石組み小屋がぽつぽつと寄り添い建つ、かわいらしい集落にやって来た。


 げーん、げーん……。


 甲高い鳴き声がどこかで上がる。あひるでも飼っているらしい。



――いいや! あれはがちょうだな、あぶらた~っぷり!!



 アンリは察して、ひそかにほくそ笑んだ……。頬がてかる。


 いちばん大きな家の扉を開けて、イームは「どうぞ」と皆に呼びかける。


 蜜煮屋特有、甘ったるい匂いの充満した室内に入った途端、ビセンテは息を止めて眉間のしわを濃くした。ほんとは外で待っていたいが、おとなしく皆とナイアルに従っておけ、と毛先の本能が警鐘を鳴らす。獣人は、“羽ばばあ”こと黒羽の女神の忠告も思い出していた。


::女の人と、戦ってはだめよ~。ビセンテ!



 扉の内側入ってすぐ、そこは大きな厨房だった……いや違う、蜜煮の工房だ!


 三つのかまどのうち、二つに大鍋がかかって、それぞれ女たちが中身を木べらでかき混ぜている。中央に置かれた大きな卓子の上には、無数の素焼き壺が並んでいた。


 工房にいる四人の女たちは、全員が暗色髪の東部ブリージ系である。不安げな表情で、アンリ達を見つめてきた。



「みんな、大丈夫だよ! この人らはあたしのお客だから、心配しないで。ほらほら、手を止めないで、かきまぜて……。おいしい蜜煮を作るんだよー」



 イームの明るい声に、ほっと安堵したらしい。女たちは、鍋を混ぜたり道具を片付けたり、……それまでしていた作業を再開した。


 その間を抜けて、イームはひさし付きの露壇のような部分へ五人を通した。こじゃれた田舎家によくある、母屋にあずまやがくっついたようなところである。長床几が幾つもあって、楽に座ることができた。



「あたし今、ここで蜜煮の工房まかされてるんだ。働いている人たちは皆わけありだから、誰かよその人が来ると、どうしてもぴりぴりしてしまうんだよね。ごめんよ」


「……皆、東部ブリージ系の女性なんだな?」



 ナイアルは、つとめて穏やかに言った。



「そう。ぶっちゃけて言うとな、北部から逃げてきた元奴隷たちだ。昔の雇用主とか、その手下の奴隷商人とか、やたら殴ってくる内縁亭主とか、各種しめきりとか……色んなものに追われている」


「? しめ切りは関係ないんじゃないのかい、イームちゃん?」



 ぎくり……!!


 アンリが軽く突っ込むその脇で、ナイアルとその父は内心震え上がった。ビセンテは何も考えていない。ダンは超絶めんど臭そう、と平常心の裏で眉をひそめた。



「……不法滞在の流入民を、かくまってるってことじゃねぇか」



 動揺を年の功で抑えて、ナイアル父がやはり穏やかに聞いた。



「何でまた、そんな危ないことをしてんだい?」



 イームは、誇らしげな笑顔を咲かせた。まるい頬が、ぺかっとてかる。



「うちの人の、熱意にほだされてね! ここで一時いっときかくまっている間に、蜜煮づくりの研修を受けさせて、ある程度イリーの店で使えるようにするんだ。同時に外来市民枠でイリー籍を作らせる。そうすりゃ市民として、市や騎士団に守ってもらえるだろう? 北のやつらは手を出せなくなる。うちの人はそうやって、東の人を助ける活動をしてるんだ」



 流入民をかくまっていること自体は秘密裡だが、正面切って市民籍取得の申請をしているということは、別に非合法な活動ではないようだ。


 嬉しそうに語るイームを、アンリはまぶしそうに見た……。いや、実際まぶしいてかりっぷりの顔なのであるが。



「……その男の人と、かけおちをしたのだね。イームちゃんは」




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