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35.お袖の下に、するめいか

 

 トープランは町と言うよりも、大きな村と呼ぶのがふさわしいような所だった。


 手入れの行き届いていない崩れかけた壁にもたれて、がら・・の悪い男が二人、安たばこをふかしている。



「テルポシエの乾物商です。仕入れ先の相談に参りやした」



 男たちはナイアル父を、次いで後ろの“第十三遊撃隊”の四人を見る。特に、ダンが背にした長槍をじいっと見据えた。



「……ただの乾物屋が、用心棒を四人も引き連れるたぁ、ちと物騒でねぇのか」



 軽武装の四人を、傭兵と思ったらしい。実際そうと見られておかしくない格好ではある。



「本当に商談なのかよ? 面倒ごとや、どんぱち・・・・喧嘩をしでかしに来たんじゃあるめぇな」


「まーさかー」

「まーさかー」


 前の父と後ろの息子が、同時同速同角度で右手のひらをくいとはためかしながら、全くおんなし音声の二重唱で言ったものだから、門番二人は思わず噴いた。



「入手できるかもしれない商品がね、ちっとかさばって手に余りそうなもんなんですよ。用心棒つうより、こいつらは荷物持ちですね」


「そうそう」



 如才なく歩み寄ったナイアルが、慣れた手つきで門番の左手首に触れる……。


 ちゃり! 高額硬貨二枚の重なる音、袖の下である!



「おとなしく、話すだけですって」


「……へっ、わかったけどよ。とにかく、揉めごとはなしで頼むぜ~?」



 門番どもに道を開けられ、一行はするりと通った。


 灌木の垣根で囲まれた石組み家屋に混じって、いなか風の商家がそこかしこに立ち並ぶ。


 見たところでは、のどかな森間の集落なのだが……。そこにそぐわない妙な暗さ・・を、アンリは嗅ぎ取る。



――なんだ……? まだ午後も早い時間だというのに、あんなにべろべろに酔っ払った奴がたむろしている……!



 町の主道と思われる石だたみの上に堂々座り込んで、耳ざわりな声をあげる者。それを遠巻きに見ている、幾人かの若者たち。何だか剣呑な雰囲気にて、たばこを噛んでいる東部系の男たちもいた。みな、傭兵くずれか山賊のような格好をしている。



――……いけてねえ所だな。



 ナイアルも、内心で顔をしかめていた。


 繁華街のある都市部でなら珍しくない光景だが、この規模の共同体にしては妙な荒れ方だ。何か毒が、流れている。


 すすす……。副長が観察考察を深めようとして目を光らせたその時、焼きたてぱんのような顔をてからせたアンリがすり寄って来た。



「あの……、ナイアルさん」


「何だ」


「袖の下って、あんな感じに渡すんですねぇ! これも経費に入れるんですか?」


「しー、声がでけぇ」


「俺も次は参加したいです。実はさっき、隠しぽっけの中で干しいかを握って、待機していたのです……」


「手汗が臭くなるからやめろッ。つうか、するめで懐柔できるのはビセンテだけだ」



 ひょいひょいと先に立っていたナイアルの父が、ふと歩みを緩める。



「こっちだ、皆」



 うらぶれた古い家の立ち並ぶ一画にむけて、あごをしゃくった。



・ ・ ・ ・ ・



 午後半ば、当然ながらくだんの料理屋は“営業中”の看板を下げている。


 ナイアル父はためらわず、店の裏口を叩いた。警戒した様子で扉を開けたのは主人だろうか、長細い顔の両脇にながく長く頬ひげを垂らした中年男性だ。



――ざりがにおじさん……! ゆでると、ほこほこ……。



 頬をてからせながら、アンリは心の中で呟いた。


 ナイアル父におだやかに事情を話され、いつぞやの堅気かたぎ客が郎党を引き連れて仕入れ相談にやってきたのだと理解した主人は、ようやく安堵したらしい。


 がらんとした食堂隅の卓子に通された。奥さんと息子らしいのが出てきて、ゆのみ片手に同席する。



「ここもちょっと前までは、こんな心配のいる町じゃなかったんですよ。お隣さんに声かければ、錠なんか下ろさずに店を留守にできたんです」


「なのに今では、おっかないやからが大きな顔をして。これみよがしに往来で、東部系と殴る蹴るのどんぱちをやらかすもんで、びくびくしながら店を開ける始末ですよ」



 ざりがにおじさんと、よく似た息子が代わる代わるに話す内容は、雑談にしては暗すぎた。本当のことなのだから仕方がないのだろうが……。



「お探しの苺の蜜煮っていうのは、これでしょうかね?」



 そこへ明るく、奥さんが割って入ってくる。



「まだ、たくさんあるんです。どうぞ」



 きゅぽんと密閉ふたを開けて、さじと一緒に差し出されたものを、ナイアル父が代表して受け取った。



「どうもすみませんね。いただきます……。アンリ、ほれ」



 料理人は、頬をてからせながら小さな素焼壺を手にし、さじを入れる。ごろっと出て来たのは、つぶさないままの丸ごと苺である……。



「……」



 赤く透き通る宝石のような粒を、ばくりと料理人は口に含んだ。


 夏の朝の陽光がそのまま凝縮されたような、爽やかな酸味の残る甘さ。完熟いちごの芳醇な薫りを、微量の薄荷はっかがひきしめている……。


 アンリはしばし沈黙した。ナイアルが見ていると、そもそも赤いアンリの頬がますます赤くなって行く。ぴかぴか光るその表面に、ぽろッ……。涙のすじが伝った。




「間違いありません。蜜煮おじさん直伝の味と、食感そのまま……。これを作ったのは、イームちゃん本人です!」



 ふところから取り出した、ひまわり柄のふきんで目元を押さえながら、料理人は嗚咽おえつした。今回は店の備品を持ち出してきたらしい。



「え、ええっ……? あなた、イームさんのことを知っているんですか!?」



 ざりがに息子が、驚いて卓子に身を乗り出した。ナイアルはしかつめらしく、うなづいて見せる。



「イームさんは、こいつのいとこなんですよ。ずっと行方を捜してるんです。若旦那さんは、彼女の在所をご存知なんですか?」


「……」


「おい、教えてやんな。よく見りゃこの兄ちゃん、イームさんによく似てるじゃないか。この人らになら、居場所を言っても危ないことはなさそうだ」



 ためらったような表情の息子に、ざりがに親父が声をかける。



「……そうだね、とうさん」





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