32.どっきりバンジー料理人
「ほらー、大将、もう一息。デリアドの港っすよー……」
よろよろのふらふら……。どうにかこうにか長槍およびビセンテのなで肩にとっつかまって、“第十三遊撃隊”隊長ダンは、眼前に迫る狭っちい漁港をじっとり見つめている。
――あーじれったい、さっさと着いちゃって、もう……。金輪際、舟になんか乗んない。ぜったい絶対、のりたくない。
故国陥落と、続く十余年の潜伏を耐えしのいだ遊撃隊長が、珍しく平常心をうしなっていた。
到着まぢか、ようやく静まってきた海上の様子を見計らって、乗客らの多くが甲板に出てきている。“第十三遊撃隊”の面々も然り。ほっとしたような淡い青空が、厚い雲の合間から顔をのぞかせていた。
「ようやく着いたな。しんどい船旅だった……」
ナイアルも安堵しかける。
じきに鈍い震動が船体ぜんたいを震わせて、定期航行船は接岸するのだ……。
む、わんッッ。
しかし皆が待ちにまっていたその瞬間は、なにか間違った感触に取って代わられた!
「わッ」
「うわっっ!?」
「きゃあ」
何の加減だろう、船体は大きく左側へかしいだ。向かって左舷側にいた人たちが、口々に小さく悲鳴をあげかける……その時!
「リブーッッッ」
ふわぁあん、と小さな影が船べりを越えてしまった。投げ出された娘の身体をつかみ損ねた若い父親が、ぷよぷよっとよろめきながら絶叫する。
「!!!」
冷やっと視線を投げたナイアルの前に、まき巻き苺金髪が躍った。
「ばーん、じいいっっっ」
勢いよく跳躍したアンリが、空中にてがっちり子どもの体を抱きつかまえる!
しかし待て、お前は泳げたのだっけ料理人!?
「アンリーっっ」
ナイアルは慌てて船べりから下方をのぞきこむ!
びーん!
海面激突その寸前で、料理人の身体は静止した。
「えっ」
副長が目をこらせば、アンリの胴にはちゃんと縄が巻き付いている。ぐぐっとその縄を視線でたどっていくと、……自分の横で獣人ビセンテが、もう一方の端っこを難なく支えてふんばっていた。
とん、ととと~ん。
獣人の引き上げる力、その勢いに乗って、アンリは軽やかに垂直歩行! 船体外側をつたって、あっという間に甲板に帰還した。両腕の中に抱えられた女の子は、きょとーん・ぷよーん、としている。
「リブ! リブ、リブちゃぁぁぁん!」
丸々した顔を真っ青にして、父親が駆け寄ってきた。ぷよッ。
「リブちゃんて言うの? びっくりしちゃったね、でも大丈夫なんだよねー」
アンリは女の子に笑いかけた。なぜかそこに、うまいこと差し込んできた陽光が映り込んで、料理人の頬がぴかぴかっとてかり輝く。
「ありがとう! 本当に、ありがとうございますっっ」
女の子そっくりの、鳶色がかったふかふか金髪を風に揺らして、父親が泣き笑いをしている。その風がさらにふわーん、と男の外套裾をはためかせて、裏の深い臙脂色が見えた。
ごうん……。
静かな、落ち着いた振動。
今度こそ間違いなく、イリー定期航行船はデリアド港に到着した。




