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31.いざ、海路デリアドへ!

・ ・ ・ ・ ・



 ざ……ざあーん!!


 左舷方向から、波が横なぐりにぶつかってくる予感。


 甲板にいた数人の水夫たちは無言で、その辺の縄やら出杭に手をかける。



「おおおーう!?」



 彼らは、突如響き渡ったすっとんきょうな声にぎょっとして、一斉にそちらの方を見た。



「あッッ」


「誰か、落ちたぞーッ」



 水夫たちが青ざめたその瞬間、右舷わきで宙に投げ出された男の身体が、ぴよッと静止した。



「きゃっはー!!」



 ぼいん……空中で何かにぶち当たったかのように、そのままその男ははね・・返ってきて、甲板に着地した。



「ばーん、じ~~!!」


「ちょっと!! 何してんだ、あんたッ?」


「あっ、すみませーん。どうしても外にいたくってぇ、安全べるとつきで景色を見てたんでーす」



 灰色曇天の空の下、まき巻き苺金髪と焼きたて顔を不自然にてからせて、男は水夫たちに笑ってみせる。確かに、彼のお腹……ちょっぴり突き出ている……には、ぐるんと縄が巻かれて、その端が船べりの手すり部分に結ばれていた。



「いやもう、危ないですからッ! 船室入っててくださいって、お客さんッ」


「え~~」




 ・・・


 イリー海を東西にひろく横切って、オーランとデリアドを結ぶ定期航路。中型船舶の狭い室内では、アンリをのぞく“第十三遊撃隊”の面々が、かたまり合って座している。うち一人は、完全にのびていた。



「揺れんなあ、あんちくしょう。生姜しょうが噛んでもあったまいてぇよ」


「ほんとだな。こんなに風が出るたぁ、ついてねぇ……。大将ー、もうじきマグ・イーレを過ぎるあたりだから、だんだん楽になるっすよー」



 ぼやき合う声だけそっくりナイアル父子の脇、壁際の長い座席にうつむけ横たわるダンは、返事もできない。



――来る前、早寝したのにー。生姜も我慢して噛んだのに……。



 吐きまくっても全然不快感がおさまらない。そこそこ長く生きてきて初めて乗った船は、隊長ダンをこれまでに対面したどの戦局よりも激しく責めさいなんで、疲弊させていた。死神の異名をとる彼が、がち・・で死にかけである……いとあはれなり。


 同じ座席に浅く腰かけて、ビセンテはダンの手首の少し下を、ぎゅううーと指押ししている。


 揉み療治師の母に聞いた、のりもの酔い止めのつぼ・・なのだ。しかしここまでの揺れとなると、あまり効果がないのかもしれなかった。


 実を言えばビセンテ自身、あんまり気分がよろしくない。冗談平衡感覚を誇る稀代の獣人ビセンテが、眉間にいつも以上のしわを寄せて、するめも何も欲しくないのだ……! 一大事と言ってよかろう。



「♪さーかなって、良いな~~♪」



 おんちな口ずさみに、軽やかとととんと足音をのせて、甲板を追い出されたアンリが階段をくだり船室に入ってきた。


 長くのびたダン中心に、げっそりした面々を見まわして、料理人はかなしげに頬をてからせる。



「ああ、おいたわしや……。隊長はまだ、げろげろ状態なのですね」


「つうか、何でお前はそんなに元気なんだよ?」



 ナイアル副長がげんなりと問うた。



「え~、だって! いま我々は、海の上にいるんですよ!? この足の下には、各種おさかな海鮮類がうじゃうじゃ泳いでいるんじゃないですかー! すてき食材に取り巻かれて、ときめかないって手はないですよ、ああ興奮するうー」



 明り取りの窓がずっと上の方に開いているだけの薄暗い船内なのに、アンリの頬はさらに脂がのったが如く、ぴかぴかぺかぺか輝いている。



「……ナイアルよう。こいつも何だかんだで、人間の域を越えてねえか?」


「本当だな、父ちゃん。アンリ、どうでもいいからもう静かにしてろ」


「はーい」



 背にかけた中弓と矢筒、平鍋ティー・ハルをがちゃつかせて、アンリも壁際の座席に腰かける。


 うす暗い船室を見まわせば、他の乗客たちもぐったり頭を抱えたり、横になったりしている。皆さまお気の毒に、と根の天然な料理人は思う。


 アンリはふと、一番離れた隅の座席に、ぷよっとした影がやわらかく動いたのに気づいた。



――おや? あの人は、大丈夫みたいだな!



 上背のないらしい、……しかし横むけ壮大なその男は、一人分以上の幅を取って座っている。膝の上に、これまたそっくりのぽよっとした小さな女の子をのせて、若い父親はどうも布本の読み聞かせをしているらしかった。



――ああ、途中寄港したガーティンローで乗ってきた、旦那さんとお嬢ちゃんだ。小っちゃい子どもは酔わなかったりすると言うし、お父さんものりものに異様に強いのかしらん。よかったね!



 にしても、食いっぷり良さそう……! と独自の善人観を押しつけて、アンリは微笑した。



 広大なアイレー大陸、その中央部・南の沿岸地域に寄り添うように群立しているのが“イリー都市国家群”。我らが“金色きんのひまわり亭”は、東の端っこテルポシエにある。


 そこから西に向かってオーラン、ファダン、ガーティンローにマグ・イーレ、とイリー都市国家が揃いならぶ。ひょいと北へ入ったところにあるフィングラスだけは内陸国で海に面していないが、一番西はじにあるデリアドまでは、海沿いに面した“イリー街道”で結ばれていた。


 しかし今現在“第十三遊撃隊”が揺られているのは、オーランからガーティンローを経て、デリアドへと西向きに航行する定期船なのだった。


 イリー街道を陸路でゆけば、どんなに急いでも徒歩で四日はかかるところを、舟ならば一日強で行ける。時間を惜しむアンリたち一行は、今回はじめて海路で移動することにしたのだ。店を持った以上、何日も“金色きんのひまわり亭”を留守にするわけにはいかない。



――イームちゃん……。君を何とかして説得し、フォレン村で引退した蜜煮おじさんと、和解させてみせるぞ……! それが俺とティー・ハルに課された、今回の旅の使命なのだっ!


『いや、何でわしまで巻き込む?』



 心の底でひとりごちたアンリの言葉に反応して、魂のこもった古い平鍋“正義の焼き目ティー・ハル”が、聞こえぬ声で突っ込んだ。







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