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24.魔女の娘と副店長

 

・ ・ ・ ・ ・


「たくさん手伝ってもらったな。くたびれてねぇかい」


「全然平気だもん」



 “金色きんのひまわり亭”から客がひけて、遅いまかない昼食をとった後。


 ぎょろ目の副店長とミオナは、連れ立って北区への路をゆく。


 ナイアルは実家の乾物商“紅てがら”の仕事に向かうところ、道みち少女を近所の習字教室へ連れてゆくのだ。



「前のお稽古の時にね。先生が、あたしと名前似てるねって言ったの」


「お、本当だな? ミオコとミオナだもんな」



 自分が子どもの時から世話になったお習字師匠を、ナイアルはアランとミオナに紹介したのである。


 王室御用達でもあったすごい先生なのだぞ、とふんぞり返って推したいところだが自重した。



「ナイアル君て小っちゃい時、どんな子だったの?」


「いや、変わんねーし? 俺っちはずーっとこんな感じよ……あ、もうちっとつるつるしてたかなあ」


「今でもつるつるじゃないの」


「……だな。ミオナの父ちゃんと比べたら、俺なんかうで卵よな…」


「ぷふっ」



 宿題の束やお稽古道具一式を入れた手提げを肩にゆすり上げて、ミオナは笑った。


 自分で作った黒い帆布地の手提げには、明るいばら色の飾り紐を編んだお花がひとつ、くっついている。店長たるお直し職人が彼女に一目置いているのは、この辺を目ざとく見ているからだ。


 身のまわりのことは、もう母に任せていられない。


 ミオナは衣類きものの裾上げも、ほつれ直しもしみ抜きも、がむしゃらに自分でやっている。


 今朝は早く起きて、もしゃつく髪をいてなでつけ、何度も編み直してきれいなおさげにした。持っている中で一番まともな白い麻衣に、紺色の巻き長裳すかーと


 六つの妹がぐうたら起きてきて、口のまわりをお粥の蜜煮で赤くしているのにも腹が立たないほど、どきどき緊張して朝の家仕事をこなしてきた。


 そしたら顔じゅうひげだらけの父が、小首をかしげて聞いてきた……。



≪やたら、おしゃれして行くんだね?≫



 ものすごく決まりが悪くなって、ミオナはうつむいた。



「だって。向こうの人に、いなかちゃんって思われたくないの」


「思われたくないっつうか、俺ら田舎の人そのまんまじゃん? 何を取りつくろう必要があるのさ?」



 父を手伝って蜜煮屋の仕事にむかいかける弟が、突っ込んでくる。悪気はないが、正面ずばりと切り込まれた気がして、ミオナはむっと口をとがらせた。



「これこれ、野郎ども。お姉ちゃんは浮わっついたおしゃれなんざ、してませんよ。身だしなみをきちんと整えているだけでしょうがー。いちゃもんつけてる暇があったら、きりきりと仕事おし」



 小っさい母がぴしりと言って、その場をすっきりおさめたのだった……。


 それでもやはり、路上で同年齢の女の子とすれ違うと、ミオナは身構えてしまう。あかぬけた服を着て、明るい色の髪をぴかぴか光らせているテルポシエの娘たち。イリー人の、女の子たち……。



「今の子、東部系だったね」


「イリーのかっこう、してたけどね」



 ……こういう囁き声もぜんぶ、ミオナには聞こえてしまう。ほんとは両手で耳を塞ぎたいところだけど、それはできないから、ミオナは隣のナイアルの存在に集中する。


 たく、たく、たく、たく。かすかに宙を伝わる、揺るがない心拍音に聴覚ですがりつく。


 その辺、ナイアルはもちろんわかっていない。いつも通りに帽子の下から、知り尽くした故郷の町を眺めつつ、歩いてゆく。


 しかし東区を抜けて北大路に出た時、右袖の肘あたりをきゅっと引っ張られて、おや?とぎょろ目を丸くした。



「どうした?」



 ふぁっと慌てた様子で、ミオナはナイアルの袖から手を放した。身も離す。



「ごめんなさい、……人がいっぱい、こんなにいるから驚いちゃって……」



 褐色の瞳を大きく見開いて、緊張にこわばった口調でミオナは言った。


 はて、とナイアルは小首をかしげる。


 都市育ちの彼にとっては、どうってことない風景……。そこそこ賑わっている、市民会館まぎわの大路だ。



「前に通った時は、もっとずっと空いていたのに」


「……ああ、そうか。今日は二十日だからな、小切手の締め日なんだ。テルポシエ中の店者たなものが、預け入れに来てんだよ」



 そう言えば、平生よりも少しだけ人通りは多い。市民会館を囲んで、役所と金融機関が多くかたまる区域だった。そこで働く人は多いし、書類関連の代行業者の店もたくさんある。



――ここの奴らが、ごっそりまとめてひまわり亭で昼めし食ってくれりゃあ、言うことねえんだがなぁ。



「……これが、テルポシエの普通なの?」



 不安げな声で問われて、はっとした。ナイアルが脇を見下ろせば、少女はあからさまに怯えている。



――そういやこいつはキヴァン領ぎりぎり寸前、フィングラス辺境育ちだったっけ……。



 ミオナの故郷ポンカンナは、住人数が六十人に満たない小さな集落だった。一歩家を出れば山々谷々、そういう場所で遭難し死にかけたところを少女の一家に救われたからこそ、ナイアルは今でも生きているのである。そう、アランとミオナが、自分の苦痛を聞きつけて・・・・・くれたから。



「だよなぁ。慣れねぇうちは、おっかなくもなるよな! けど心配すんな」



 ナイアルは笑って、右手を娘の側に差し伸べた。ミオナの左手が手のひらに入る、きゅうっとこめられた握る力の強さ。



――ああ、やっぱ怖かったんか……。分別くさく大人びちゃいるが、どうしたって子どもだもんなぁ。耳が良い分、聞こえてくる人間由来の雑音も、相当に多いのかもしれんぞ。



 二人は歩き出した。



「よかった……。ナイアル君の脈の音、きこえるよ」



 ほうっと安堵した調子で、ミオナは言った。



「すげっ、そこまで聞こえちまうの?」


「うん」



 なるべく人通りのまばらになった部分を選んで歩きつつ、ナイアルはじんわりと懐かしさを感じている。


 姪のリリエルは、しょっちゅう彼と手を繋いでいた。召集されてからも、帰宅するたびに“叔父ちゃん”にべったりひっついていた。


 陥落後に市内潜入するようになってからは、急激に成長して姉そっくりのきれきれ頭角をあらわし、むしろナイアルを助けてくれていたのだが……。空いた手に、彼はどこかで寂しさを感じてもいた。


 隣を歩くミオナは、だいぶんでっかいけれども、やはり子どもである。


 久しぶりに幼い存在と手をつないで歩いて、……ナイアルは自分が行方不明者として過ごした、十数年の長さ重さを想った。




 つないだ手のひらの向こう側。


 ミオナは少し驚いていた。爪がきれいに揃えられて、一見つるりとしたナイアルの手の内側は、冷たく涼しくがちがちとたこ・・だらけで硬かった。



――何をどうしたら、こんなにいっぱいたこ・・ができるの……?



 その極度に硬い皮膚の厚みを通して、温かい血脈が……揺るがない旋律が、ミオナに触れてくる。


 全てを聴き取る声音こわねの魔女の娘は、その力強い鼓動に自分の心音を重ねた。


 かさねて安堵して、ふわりと笑顔になった。







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