23.ひるどき給仕もお手伝い
こーん……。
まもなく正午となることをテルポシエ市内に知らせ告げる、時鐘が遠く聞こえた。
≪営業中≫の看板を出した“金色のひまわり亭”に、ぽつぽつお客がやって来る。
女の人が多い……二人、三人と連れ立っているから、おしゃべり笑い声にも絶え間がない。
「今日のおつゆは何かしら?」
「玉ねぎと、ういきょうです。香りが高くて元気が出ますよ!」
「わたしゃ、何だかお腹がすいたよ。やたら涼しいし、お鍋たべようかねぇ……」
「さすが奥さん、そう来なくっちゃ。じゃこう草のきいた羊鍋ね、うまいですよう」
「数が少ないんで、大きな声じゃ言えないんですけどね。いわしのね、お酢煮が少々ありまして……、ええ、絶品のね……。お試しになります? ええ、毎度~」
エリンとナイアル、ナイアル母がちゃきちゃき注文を取ってゆくのを、ミオナは長台うしろに隠れて、ずっと耳をすまして聴いている。
――どうやったら、あんなにすらすら……知らない人と話せるようになるんだろう? しかも一人や二人でなし、こんなにいっぱい人がいるのに……!
フィングラスの辺境地、ポンカンナ集落にいた頃とは、声の密度がまるで違う。故郷でのお祭り騒ぎや市場のにぎわいが、ずうっと続いているみたいだ、と少女は思った。
「お母さまぁぁぁ、ひつじ鍋二皿!! ぷ・れーッッッ」
「あんたのお母ちゃんじゃないっちゅうに、この子は。……はい、ひつじ~」
「炒りくるみ、上乗せ導入ぅぅぅ!! お姫さまぁッ、つぶし汁!! ぷ・れーッッッ」
「はい、つぶし汁。まいりまーす」
「……まずまずだな、今日も」
くくく、と口角片方を上げて不敵に笑いながら、ナイアルが空いた皿を下げてきた。厨房の隅でそれを受け取り、流しに持って行くつもりでミオナが手を差し伸べると、副店長は頭を振る。
「いいから、ミオナ。お前、窓側四番席の客に、水もってって注いでやれ」
「えっ!?」
「大丈夫だよ、お前なら」
瞬間、ミオナの背中の芯がふるえた。こわい、……けれど翠のぎょろ目が、自分を見ている。
ミオナは長台上の陶器の水差しを、両手で持ち上げた。やるっきゃ、ない。
どきどきしながら賑やかな客間に入る。すれ違うエリンが、あらっと言う風に眉を上げた。
――四番……。
「……お、客さま。お水を、お持ちしました……」
緊張してどもりかけてしまう、でも何とか声をかけた。
くるっと振り向いたおばさんは、ミオナを見て笑顔になった。
「あらら、かわいい人が来たわ!」
震える手で、必死に水差しをかたむける。
「あのお兄ちゃんの、娘さんかしら!」
「まーさかぁ。あんがいお嫁さんかもよ、ふふふふー」
かしましく喋るおばさん二人の杯に、どうにかこぼさず水を注ぐ。ミオナはぺこりとお辞儀をして、うつむき加減のまんまに退散した。
「……東部の子も、使ってる店なのね」
「身なりも言葉も、しっかりしてたじゃないの。きっと、こっちで生まれ育ったのよ」
打って変わってひそひそ声で囁き交わすおばさんたちの話も、ミオナはしっかり聞き取っている。
頬がますます赤く染まってゆくのが、自分でもよくわかった。




