22.死神お直し職人とアミアミ
死神……、じゃなかった。“金色のひまわり亭”店長ダンが、おもに裁縫をしながら棲息しているという、その上階の一室。
ミオナが扉を叩いてからそっと開けてみても、机の前は空っぽだった。
と、露台で手を振っている、でかいおじさんが見える。今日も濃いくまをこしらえて、真っ赤に充血した双眸が元気そうな、死神店長だ。
ミオナがそちらに歩み寄ると、本業お直し職人はそこに小卓と腰掛を持ちだして、めいっぱいの明るさの下で作業をしていたらしかった。向かいの腰掛に座るよう、しぐさで示されて少女は素直に従う。
「……どれがいいと、思う?」
死神が出し抜けに問うてくる。
卓の上には飾り編み紐が三種類。それぞれ白糸と編み合わせた、ふじ色・水色・若草色のひもである。
「ここのふちに……合わせるのに」
ダンは、筋ばった手でちんまりした衣を持ち上げた。新生児用の、筒っぽねまきらしい。うす紅色の、つやつやした亜麻布地でできている。
「かわいい!」
ミオナはちょっと、笑って言った。
「……もう、赤ちゃん生まれてるんですか。女の子ですか?」
ぴしッ……お直し職人の顔が固まる。眉根が寄る……死神、こまった!
半月前に祝い着の仕事を受けた時、依頼人奥さんのお腹は相当に大きかった……気がする。だがしかし、うっかり予定を聞き忘れていたッ。
何せ久しぶり……、二十数年ぶりに直接受けた赤子の祝い着である。流行の型と寸法は、ばっちり頭に入れていた。しかしこの場合、男児・女児どっち向けにすればよいのだっけ? こどものことなんて、てんで知らない!
「……それじゃ、どっちでも大丈夫な水色どうでしょう」
少女は水色のひもを手に取り、ねまきに重ねた。
「フィングラスにいた時も、こっちでも、赤ちゃんに明るい空色のおべべ着せてる若いお母さん、たくさん見かけたし……」
口角を片方あげて、お直し職人はちょっと笑った。やはり怖い。
戦場でもついてく専門だった奇跡的方向おんちのダンは、元々あったものに手を加えていくことで本領を発揮する人である。しかし、一から何かを創るのは苦手だ。ゆえに仕立て屋でなく、お直し職人なのである。
「このお衣も、元々はお母さんのだったんですか」
やわらかい生地にそうっと触れつつ、ミオナは問う。
こくりとうなづいて、ダンは脇に置いた角籠のふたを開いた。
ずらー……、おんなし小さなねまきが、四着も五着も出てきた。さいごに、胴と袖部分だけに小さくなった、大人用の……もと長衣だったもの。
富裕なイリー人の間にのこる風習で、母親は初子を迎える時、自分の花嫁衣装をつかって赤子の祝い着をこしらえるのだ。
ミオナは目を丸くする。
「……これ全部に、ふちどりするんですか? ひも、たくさん要りますね」
無言のまま、ダンは籠の中からくり編み棒を取り出した。二本。
すごい速さで水色と白の糸をかけ入れると、引き上げ棒と一緒にぐっと握ってミオナに差し出す。
少し緊張した面持ちで、少女はそれを受け取った。
こーん……。
昼前の準備鐘を耳にして、二人は手を止めた。
半刻のあいだ一心不乱に編んで編んであみまくって、ミオナのくり編み棒からは、祝い着一枚ぶんほどの長さのひもが伸びていた。
「どうも、ありがとう。先に下へ、行っておいで」
卓の上を片付けながら、ダンはさすがにめんど臭がらずに少女に言葉を向ける。
それでミオナはぴょこんと立って、室の中へ戻って行った。
ダンは彼女の置いていった、水色ひもを手にして眺める。
編みひも自体は難しい細工ではない。子どもでも、遊びの延長で作っている。けれどミオナの性格がよく出て、きっちり目の詰まったきれいな編み方の紐だった。
対してダンのは、……めんど臭がり性分が明らかな、目のゆるさである。
うんうんと満足げにうなづいて、全てを籠の中に丁寧にしまう。店長としての本分を果たすべく、きちっと麻衣の襟をたてて、彼もまた階下へ降りて行った。




