20.ビセンテさんて何してる人?
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「あっ。こわいのが、もう来てるー」
テルポシエ市の東門で検問を受けてすぐ、アランとミオナの乗る馬車に近寄って来た男の姿があった。
母娘の抱えてきた重い籠を難なくひょひょいと両手にさげ持つと、ふんと鼻息ひとつ……あごをしゃくってから、男は歩き始める。人語は話さない。
「ビセンテさん、元気?」
ミオナは臆することなく、低い声で話しかけた。背の高い獣人は、毛先を揺らしてうなづく。いつも通りのぶっちょう面だが、険が入っていない。
ビセンテは、元女王エリンを救ってくれた小っさい魔女とその娘とを、まったく警戒してはいないのである。
「……」
少し後ろを歩く声音の魔女アランも、やはりこの男を危険とみなしてはいなかった。
むしろ、同族視している。
ただ、彼が“金色のひまわり亭”においてどういう役割を担っているのかが、いまだよくわからない。
::あいつはな、ようやく田舎の母ちゃんを迎えに行けたのだ。母ちゃんは揉み療治師で色んな所に行くから、かさばる荷物を持ってやったり、治安の悪い場所でからまれんようがんを飛ばしたり……。ああ見えて親孝行なんだ実は、……ううっ……手巾手巾(副店長ナイアル・談)
――……揉み療治の助手なの?
::お庭をいつも、きれいにして下さって。樹々や垣根の手入れだけでも大変なのに、畑の作物までお世話してくださるんですよ。ほんと、いい方! (女将エリン・談)
――……庭師なのかしら……。
::アランさ~ん! ビセンテさんはねー、黒羽の女神さまが健気な俺のためにつかわしてくださった、逸材なんですよ~! お肉の解体お魚さばき何でもござれで、不良ちんぴらがいちゃもんでもつけに来ようもんなら、軽ーく店から叩き出してくれます! あの人は俺の店の用心棒になる星のもとに、生まれついたのですッ! (料理人アンリ・談)
――用心棒ねえ……。と言うかそれ以外だって、どえらい強いのが揃ってる店じゃないのよ?
ビセンテさんて何してる人なの? と以前皆に聞いた時、死神みたいなでっかい店長は、めんど臭そうに肩をすくめただけであったのを、アランは思い出した。
見えないものを見て感じている、そういう彼の一面を知っている人間はいないらしい。
「おい」
出し抜けに上から声をかけられて、アランはぴくんと獣人を見上げた。蒼い視線どうしが交差する。
「ふむな」
「おおう!?」
間一髪、声音の魔女は直前に迫っていた、大型こんもり馬糞を回避した。




