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19.荷車に揺らるる魔女の娘

 

・ ・ ・ ・ ・



 からからから……。 がらがらがらがら……。


 ごつい車輪がまわり回って、粗い街道地面を進んでゆく。


 たくましい雄馬の引く大型の荷車には、木箱や籠がぎっしり積まれて揺れていた。


 荷物にまじって、小柄な女が二人、一緒につまっている。ひとりは少女、もう一人はとしま。全然似ていない、母娘おやこである。



「どうにか、きは降らずにもったね!」



 フォレン村の配達業者のにいさんが、御者台からちょいとふり返って声をかけた。



「降ったら降ったで、ほろかけて行くだけだがよー。お嬢ちゃんが、狭苦しかろ」


「本当ねぇ」



 母親があいづちを打つ。



「でもさ、お母さんの腰痛、そんなにひどくないんでしょ? しばらく大きな雨降りは、ないわよー」


「だねーぇ」



 にいさんの受け答えは長々、のんびりしている。


 反対方向から来る馬車くるまがある……、りっぱな屋根付き二頭だて馬車だ。


 すれ違いざま、中に自分より年上の娘がすました顔で座っているのをぬすみ見て、ミオナはきゅっと唇をかみしめた。



「でも、また痛がり始めたら言いなさいよ! あたし夜ならいつでもいるしね、辛いのが軽くなる歌をうたいに行ったげるわよ」


「いつも助かるよ、アランさん」


「助かってるのはあたしよ。しょっちゅう、便乗させてもらっちゃってさ」



 西に離れたフォレン村から、声音こわねの魔女アランは頻繁にテルポシエ市内に通う。


 耳に心地よい優しい声で、心身の痛みをやわらげる彼女のことを、人びとは変わり種の薬師か治療師なのだと思っている。だから首邑の患者のところへ通っているのだろう、としか考えない。そのついでに、旦那の作る蜜煮を娘と一緒に、市内の店に配達しているのだろう……とも。


 母娘は膝の横に、大きな角籠を置いていた。この中には、素焼きの小壺がみっしり入っている。言わずと知れた、蜜煮の壺だ。


 働き者で、まじめな一家……。アランたちはフォレン村で、おおむね好意的に受け入れられていた。



「お嬢ちゃんも、偉いよなあ? テルポシエの店で働いて、そいで習字の稽古に行くなんてよ。俺が子どもだった時は、森で遊んでばっかりだったなぁ」


「……はい……」



 ミオナは短く、御者台のにいさんにあいづちを打った。


 それを横からちょろっと見て、母は内心で満足している。


 フォレン村に越して来て、長女ミオナは変わった。もともとしっかり者だけど、この頃こどもっぽさがどんどん抜けて、急に“娘”になりつつある。父親の店も手伝えば弟妹の面倒も見るし、家のことも任せられる。暇さえあれば書き取り練習だの、計算だのの勉強をしているから、市内の習字教室に通いたいと願われれば、親として否と言えるわけがない。


 連れて行く手間も月謝もかかりはするけれど、その辺は例の頭の回る乾物屋がするっと段取りをつけてくれた。だからアランはミオナのお稽古日に合わせて、ヴィヒルの蜜煮配達をすることにしたのだ。



 こーん……!



「お母ちゃん。九ツ前の鐘よ」



 低い声で娘が呟いた。常人ならば、市内にいないとわからない時鐘でも、母と同じく耳のよいミオナは聞きつける。



「もう、お店あいてるのかな」



 ささやく声は、どこかうっとり夢を見ているような、何かを期待しているような調子だった。


 父親そっくり、叔母そっくりの深い褐色のひとみを見開いて、ミオナはだんだん迫ってくる前方の白い城壁都市を見ている。



「まだじゃないかしらね。ひまわり亭は、店長が朝おそいから」



 適当に答えつつ(※言ってることは真実である)、母は青い外套下でうすい肩をすくめた。


 娘は変わってしまった、……やたら口数が減って、じっと何か考えているらしい。元気がないと言うのじゃない、むしろはきはき仕事をこなして、力強い。……けれど。



――こんな風に、すらすら大人になってってしまうなんて……。想定外だったわ、ミオナちゃーん……。



 小っさな母は娘の成長を目の当たりにして、……のんきに寂しがっていた。


 その昔、自分が成長を越えてきた時に味わったあの様々の痛みを遠く忘れ去って、横目に映る若芽みたいな娘の美しさ、それだけをしみじみ感じている。……



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