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18.仲間あたたか、ベーコンきゃべつ鍋

 

「さあー、皆ごくろうさーん」



 昼食客のひけたところで、遅めのまかないである。


 副店長ナイアルの声掛けで、厨房の食卓についた“金色きんのひまわり亭”の面々は、それぞれの前に置かれた鉢に取りかかった。



「今日も、まずまずの入りだったね」



 ナイアル母が言う。



「皆さん、にんじんのつぶし汁をとっても喜んでいらしたわよ」



 女将のエリンも、相槌をうった。



「ええ……」



 そこに返した料理人の声が、調理中とうって変わってしょんぼりしている。



「……」



 規則正しき咀嚼音をたてるビセンテの横席、自分も口いっぱいに塩豚を噛みながら、ナイアルはアンリを見やる。



「今日もお鍋は、全然でませんでした……」



 食卓の上に、重苦しい空気が落ちる。


 そうなのだ……。そこそこ席は埋まったが、お客たちが注文したのはほとんどがにんじんのつぶし汁。アンリが渾身の思いを込めて夕べから用意した塩豚のたまな鍋は減らず、いま皆のまかないとして湯気をたてている。



「へこむなよ、アンリ。たまたま陽気の良い日が続いて、皆あっさり軽いつぶし汁を選んでるってだけだ。ちっと雨になろうもんなら、また鍋目当ての客がどしどし来るさ」


「……それも見越して、あっさり軽めの鍋を作ってるんでないのかい。アンリ君は?」


「か、母ちゃんッ」



 ずばりと低く言ったナイアル母に、皆の注目が集まる。しかし料理人が、重々しく口を開いた。



「ナイアルさんのお母さまの、仰る通りなのです……。それなのに女性のお客様は、なかなかお鍋を頼んでくださらない。どうしたって鍋はお腹に重い・・と、敬遠されているのでしょうか?」



 アンリの頬が、みるみる赤くなってゆく。


 皆、わかっていた。


 アンリの料理の真骨頂、それは『煮込み鍋』なのである。旬の素材とありあわせ物を大鍋でじっくり煮込むことで、それらが互いを補い合う妙技。経済的にして健康的、身体の芯から温まって心もほぐれる。雨が多く寒冷なテルポシエ伝統の、誇るべき家庭料理なのだが……。この“金色きんのひまわり亭”の中心献立に据えられているというのに、注文されるのは他のものばかり。料理人としては、やるせないことこの上ない!



「とにかく、粘り強く良いものを作り続けて、口にしてもらう機会を見逃さないようにするっきゃないね。……おひいさまに、ナイアル。お客さまを席に通す時、これからもどしどしおすすめしてみよう」


「はいっ」



 真摯な表情で答えるエリンの反対側で、ナイアルはうなづきながら渋面を作った。



「……だな。そしてアンリ。しんどいだろうが、今日のひつじ乳蘇みてぇな目新しさは、どうしたって毎回つけ足してかにゃならんぞ」



 相手は女性客だ。家に帰れば、台所に立って家族に夕食をこしらえる者も多かろう。ちょいと工夫をこらして、ひまわり亭で食べたつぶし汁をまねてみようとするかもしれない。アンリの味に遠く及ばずとも、自分でそこそこうまいものを作れると気づいてしまえば、店から足を遠ざける可能性だって大いにある。


 圧倒的なうまさと創造性、遊び心を維持しなければ、アンリが今の女性客を常連として引き留めておくことは難しかろうと、副店長は未来を見据えて危惧していた。



「……立て看板を、もう一枚作るか……」



 ぼそもそっと、食卓はるか彼方の隅っこで、声がわいた。本日おつゆつぶし役として裏で役に立っていた、店長のダンである。



「おお、そうっすね!? 大将!」


「待って……。いま置いてあるのは、割とかわいい印象の立て看板だから。殿方むけに、がしっといかつめ・男前の看板はどうかしら?」


「どうすりゃ看板が男前になるんだよ? おひい……」


「ああ、そうだ! ナイアル、あんたお習字師匠のミオコ先生に頼んで、人目を引くような貼り布を一枚、大っきくどかんと書いてもらったらどうなんだえ?」


「そいつは妙案だ、母ちゃん! しかつめらしく男前に、変態かなとかで……」


「変体かなよ、ナイアル君。変態じゃないのよ」



 がやがや、わさわさ……。


 前向きな話題にのって、にわかに食卓に活気が戻ってくる。


 皆が自分を励まし、奮い立たせるためにを送ってくれているのをひしひしと感じて、料理人は胸がいっぱいになった……。


 ぺかッ! 焼きたて顔に、つやが光る。


 そこへ、脇からにゅうっと腕がのびて来た。手の先に、空の椀が握られている。それを受け取りながら、アンリは立ち上がっておたまを手に取った。



「お代わりですね、ビセンテさん! 今日のお鍋どうです、気に入りました!?」



 こくり……。


 獣人は毛先を揺らして、ぶっちょうづらのままうなづいた。


 ゆだつ鍋の中身をもりもりとすくい取りながら、アンリはにじんだ嬉し涙を隠すために、朗らかに喋り続ける。



「ビセンテさん専用の、塩豚皮のかたーい所とがりがり端っこ、入れますねぇ!」



――ううっ。この人だって長い間、俺の鍋をここまできれいに食べつくしてくれている! これはぶきっちょビセンテさんの誠意であり、好意なのだ。他のお客に売れないからって、絶対くじけちゃいけないぞ! 俺!



「でも、お野菜も! 食べましょうねぇー!!」


「たまなの、しん」



 ぎーんと蒼い双眸を光らせて、獣人ビセンテはするどく注文をつけた。






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