15.スープでバズれ!ひまわり亭
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「だいぶ遅くなっちまったな。今日はもう、昼の営業は諦めるっきゃねえぞ、アンリ」
「しゅん」
イスタと馬車とはシエ半島へ帰り、“第十三遊撃隊”の四人はようやくテルポシエ市南区・“金色のひまわり亭”の前へとたどり着いた。
既に正午をまわっている。これから急いで鍋をこしらえても、勤め人の昼休み時間内に間に合わない。
「まあ、そのにらねぎ使って、お姫に何かうまいまかないを作ってやれ。母ちゃんも、腹が減ってるだろう……」
てかりを失った頬をしぼませる料理人をなぐさめる副長の横、ビセンテがひくりと鼻を動かした。
「?」
でっかい隊長も首をかしげる、……店の前に“営業中”の看板が出ている!?
「あれっ? 何で“営業中”が出てんだ……え?」
かたん、と玄関扉が開いて、中年の男女が出て来た。うち男性は、ナイアルの見知った近所の会計事務所長……。
「おや、こんちは。今日もごちそうになりましたよ」
「ごちそうさま!」
奥さんともどもにこやかに言って、歩き去る……。
「まいど、ごひいきに~……」
ナイアルの声に合わせ、同時同角度同方向、身長ひくい順に並んだまま頭を下げた四人は、わけがわからずにいる。
「俺、何もつくってないのに……。ごちそうさまって、何なのです? ナイアルさん??」
「……お姫が、何かしたのか……??」
途端に、四人は厨房裏口に走り込んだ。扉を開けた“第十三”は、ナイアル母とエリンが白い前掛けをつけ、卓子上で何やらまめまめしく作業にいそしんでいるのを目にする。
「ああっ! 帰って来たのね、お帰りなさい!」
ぱあっと笑顔を輝かして、エリンが言った。
「な……何してんだ……?」
「勝手にやらしてもらったよ」
ナイアル母が、息子とおんなし顔でにやりと不敵に笑う。手にした丸盆の上には、手のひら大の陶器鉢。乳色の液体が、ほかほか湯気を放っている……!
「昨日の夕方、ひどくお腹をすかしたお客様が来て下すったのよ。あんまりお気の毒だったから、ナイアル君のお母さまが機転を利かせて、保存用にしていたうさぎのつぶし汁を温めて差し上げたら、お気に召したみたいで」
「あ! 先週作っておいた、あれですかッ!?」
たくさん余ってしまったうさぎ鍋が惜しくて、かぶと一緒に煮つぶしたのを壺に詰め、煮沸して地下倉庫に置いておいたのだ。
「こうして、牛酪(※)付きふすま黒ぱんを添えて出せば、なかなかおつだよ。どうも今朝はあの旦那さん、事務所や倉庫でうまかったと触れ回ってくれたようだね……ごらんよ、皆」
厨房の端、長台の後ろから客間をのぞいてみれば。
「あああッ、女性のお客さまが……すごッ、六組もいらっしゃるぅぅぅ!?」
「お昼を軽く食べたいっていう女の人に、うってつけみたい」
空の盆を持って厨房に入って来たリリエルも、おじそっくりの顔でふふと笑う。
「ぬおおお、ちっと待ってろ! 今すぐ着替えて、俺も給仕をするぞぉぉぉッ」
「お、俺も手を洗ってー! このねぎ刻んで、つぶし汁の上に散らしますからぁッッ」
騒がしく立ち回り始める、副店長ナイアルと料理人アンリのかたわら。店長ダンと獣人ビセンテは、長台の後ろに並んで突っ立っている。
客間の壁際すみっこ席、陶器鉢の中身をうれしそうに口に運ぶ一人の女性の姿をみとめて、ダンは両方の口角をちょこっと上げた。笑っているらしい、こわい。
同じ女性を見てとって、ビセンテは眉間のしわを解いた。朝の仕事を終えた揉み療治師の母が、自分を待たずにちゃんとうまいものを食っていると知って、安堵したのである。
きゅぱっ!
ナイアルの前掛けとアンリの料理人上衣。どちらも真っ白生地の胸部分に、小さな金色のひまわり刺繍が輝いているのを、勢いよく着つける音。
「“金色のひまわり亭”!! 営業中じゃあああ」
「ういいいいいいッッ!!」
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※牛酪:そちらの世界で言うところのバターです。私は断然、塩入りがいいですね。我がマグ・イーレ特産のあら塩を使ったものが逸品なのでおすすめ…は? ここで宣伝をしてはならぬと? 失礼いたしました。(注・ササタベーナ)




