14.事件の真相とナイアルの悲観
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からからから……。
イスタの御す軽量型の馬車に揺られて、“第十三遊撃隊”の四人はテルポシエ市への道をたどっている。
「実にいやな事件でしたね、ナイアルさん……! でも東側の小集落で、次の被害を出す直前にトマロイのやつを止められたのは、一体どういうわけなのです? すっごい偶然?」
景色と共に吹き過ぎる涼風の中、頬をもも色にてからせながら、アンリが隣席の副長に話を振った。
「いや。あいつに会った瞬間から、ちっと臭えやつだなと思ってたんだ」
「は? 何か可燃性のものが、漏れ出ていましたか」
だから違うんだってば、料理人。
「あいつ、“城のエノ軍に報告した”と言ってたろう? テルポシエ領内に住んでる人間なら、こういう場合まずは市民会館の中の地方行政課に駆けこむはずなんだ。そこの文官が判断して、城に話を持って行くんだからな……。村長さんが指示をし忘れたにせよ、そこを飛ばしてエノ軍に直接話した、っつうのはあり得ないから、こりゃ実際は城に行ってないんじゃないのか、と思ったのだ」
「ほ~!!」
一応うなづいてみせるが、細かいことは(と言うか自分の分野外の話は)どうでもいい料理人である。
「でもさ、トマロイが話していたのは完全テルポシエなまりの正イリー語だったし、それらしい見かけをしてるから、皆だまされちゃったよ……。彼も北部の人だったんだろうか?」
御者台から、イスタが聞いてよこす。
「そうやって、外見それらしく取り繕ったり、声調子を変えるのがうまいからこそ、詐欺師の道を選んだんじゃねぇの」
つまり、ナイアルには詐欺師の素質が十二分に備わっているのだな、と後部座席に短槍を抱えて座っている獣人ビセンテは考えた。
「……しかし後をつけても気づかんし、毒まきの現場を押さえた時にゃ、大将の長刀刃見ただけで腰を抜かすようなやつだからな」
「元来は小心者ですね。ぷりっと小粒、すなぎもちゃんです」
「それ言うならはつだ。……で、後はあの巡回騎士や文官が、身辺洗ってどこの手のやつなのか、調べてくれるだろうよ」
副長の言葉に、ビセンテ横に座るダンが顔を上げる。きゅっと眉根を寄せ、めんど臭そうにナイアルを見た。
「……別の筋に、からんでると思うのか?」
「いえ大将、ただの杞憂になると思うんすけどね。ま、一応の念のために」
「きゆうり……? 北部のちんぴらが不良玉ねぎを使って、こすい一儲けを企んでいたってだけじゃないのですか? ナイアルさん」
「ああ、そうだよ。けどほれ、俺は心配性だからな」
隊長、および不思議そうな顔をするアンリに、ナイアルは何気なくうなづいて見せた。
ビセンテの方は見ない。あえて見なくても、ナイアルてめぇまた一人で何かしょい込んでやがんな、と無言できっついがんをこちらに飛ばしているのがわかる。
巡回騎士たちの前でアンリが熱く語った通り、北部系ちんぴらと詐欺師が組んで、シエ半島産玉ねぎの偽装を企んだ、というだけの事件で終わればいいのだ。しかしナイアル的には、いまいち後味が悪い。すっきりとしなかった。
――不良品がまかり通り、風評被害が拡大して、イリー産の作物の価格が大きく変動する事態になったとする。そんな不安定な市場状況に、例えば……たとえば、だ。北部穀倉地帯産の割とうまい玉ねぎが、目のさめるような安価で参入したらどうなる? 誰もがこぞって、そちらへ手を伸ばす。シエ半島産の玉ねぎは見向きもされなくなって、玉ねぎ農家はのきなみ壊滅するしかなくなる……!
気候温暖で土壌の肥沃な北部でしか栽培できないものは別として、イリー諸国は現在、自国生産できる作物を輸入していない。自分のうちで作れるものを、わざわざ遠方から手間ひまかけて運ばせて買うのはあほらしい、という常識概念があるからだ。しかし……この“常識”がいつまでも揺るがないと、誰が言い切れるだろう? 地元産の野菜と、品質がどっこいの遠方野菜、後者が圧倒的に安かったら、大衆が前者を選ぶ理由は弱くなる。
北部三人組のうち、一人が昔の出稼ぎ労働者だったかもしれないと言う、長ねぎ君の証言も気になった。イリー人の栽培技術を持ち帰っていたのなら、すでに北部ではイリー市場むけ作物の大量生産に成功している可能性だってあるのだ。
……つまりナイアルは、この“実にいやな事件”の後ろで、北部穀倉地帯を実力支配する豪農たちが糸を引いているのでは、と勘ぐっていた。ごく小さな騒ぎから、テルポシエ……ひいてはイリー世界全体の食糧事情と経済をひっかき回し、都市国家群を疲弊させ弱体化させるために……!
――いかん、不吉な予想が壮大に広がっちまった……。帰ったらまた手洗いにこもって、熟考せねば!
内心ひそかに真剣になるナイアルの横で、アンリはぺかーりと頬をてからせた。
「に、してもー。帰りがけにいい買いものをしました。めっけもんです、これは」
料理人は足元の麻袋を見て、むふふと笑う。にらねぎの大束が入っているのだ。
「長ねぎ君ちで新たに導入した、春夏旬のにらねぎですって……。お姫さまが庭に植えたあさつきが育つまで、これの緑部分を薬味にしてみましょう。くくく」
焼きたて顔が、ぺかぺかっとてかり輝く。水色に澄んだ空の下、テルポシエの短くはかない夏の陽光が、田舎道を行く馬車の上に優しく降り注いでいる……。




