13.玉ねぎ事件の顛末
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「……? じゃあ何ですか。トマロイというのは結局、村長さんの……?」
「ええ、親戚すじでも何でもない、赤の他人だったのです」
翌日。陽が高くなった頃に、ようやくテルポシエ市から騎士と文官、エノ傭兵二人が岬の集落にやって来た。
集会所に村長さん以下の農家が集まり、中央卓子で筆記布に硬筆を走らせる文官のまわりを取り囲んでいる。
「数か月前にたずねて来て、妻のおば方だの何だのと言われ……。それを、うのみにしてしまいました」
「そんな人をうちに置いて、長く住まわせるなんて。もうちっと警戒すべきだったね」
「ええ……。面目ありません」
中年の巡回騎士に言われて、村長さんは気まずそうだった。
「いやあ、東部に行ったら昔はどこでもそんなもんだったよ~? だます奴の方が珍しかった時代があったんだ、何だかやるせねぇやね」
見るからに東部ブリージ系、がらがらした潮野方言で傭兵のおっさんが言う。
「お前さんの昔話はいいから。……それで、トマロイと北部三人組は、はじめっからのぐるだった、と?」
「そうすね。出稼ぎ労働者のふりをして、この辺の地域をずいぶん調べ回っていたらしい。時間をかけて、農家の生産状況をつかみ、夏場の市場であたりをつけて、毒をまく地点と不良在庫を引き出す所とを、決めていたんだ」
村長さんの横、わかりやすい口調でナイアルがはきはき喋り出した。
集落の中でも最有力の農家の畑に毒がまかれて、使いものにならなくなる。次点の中小農家らは、それを気の毒と思うが、同時に自分の所のねぎを大いに売り出す好機、とも考えるだろう。そうして内心で息巻いたところへ、見知らぬ北部商人がこっそりと訪ねてくるのだ。事情があって大量に玉ねぎが要る、多少状態がまずくても構わないからあるだけ在庫を売ってくれ、と泣き落としで頼み込まれる。ただ同然で取引されたそれらの不良玉ねぎは、村外れの空き家にひそかに運び込まれていた……。
「で、それをシエ半島産の最高級品と偽装して、どこか遠方へ持って行って売るつもりだったんでしょう」
「……変な事件よなぁ。結局、誰がどう得する予定だったんだか?」
ナイアルはぴくっと目元を引きつらせ、村長さんと農家らは、がくっと頭を下げた。だめだ、この傭兵おっさんはよく分かっていない。
「……この地の玉ねぎは、テルポシエの宝なのですぅッ」
ぺかッ! 屋内だって関係なし、アンリが頬をばら色にてからせながら、一歩前に進み出て言った。
「一度でも炒めて食べた人なら、わかります! 絶妙なうまみとこくが出ると知っているから、シエ半島産の玉ねぎと銘打てば、イリー人はよけいにお金を出してでも買います!」
「しかしその信用が、偽装不良品によって覆されてしまえば……。あとから市場で本物のシエ半島産玉ねぎを見かけても、買う人はいなくなる。そうなれば、この村の農業は大打撃を受けて大恐慌に陥る。存続の危機ってやつになるでしょう」
「しゅらしゅら、修羅場となるのですッッ」
ぎょろ目を輝かすナイアルと、頬をてからす料理人のたたみかけに、背後の農家全員がうんうんと同調のうなづきを添えた。
「あ、そっかー」
「玉ねぎが、ねー」
傭兵おっさんと中年巡回騎士はとりあえずの相槌を打ったが、いまいちぴんと来ていないところは同じらしい。似た者どうし、実に息の合っていそうな相棒二人組だった。
「えーと、では。これから犯人をテルポシエ市に搬送し、改めて尋問を行います。皆さんはお引き取りいただいて結構です、お疲れさまでした」
巡回騎士が卓子から立ち上がり、まとめた。どやどや集会所を出てゆく人々に続こうとしたナイアルとアンリに、騎士は何気なく話しかける。
「捕り物担当したって聞いたけど。あなた方は、テルポシエ市の住民なんですね?」
瞬間、小さなミサキお婆ちゃんがしゅるっと出現し、アンリとナイアルのあいだで二人の腕をきゅきゅっとつかんだ。
「ええ、このお婆ちゃんの遠い親戚すじの者です。たまたま遊びによったら、えらい騒ぎだったので。収拾の手伝いをしてました」
まさに立て板に水、流れるようなナイアルの方便を、巡回騎士は全く疑いもしない。
「そうなんですかー。そりゃあ、ご苦労さまでしたな!」
先ほど村長さんに言った忠告をまるきり忘れて、のんきに中年騎士はねぎらった。
「……一応、北部の三人組に何か変な裏がついていないか……。確認してみた方が、無難と思うっすよ」
そうしてナイアルは立ち去り際、筆記を続ける文官の耳元に低く囁く。ふっと見上げた視線が澄んで、ナイアルを見返す。こくりと文官はうなづいた。
――話がわかるのは、この人だけっぽいな……。




