12.正義の焼き目、平鍋がうなる
「……上っかわにだけ、ふつうの玉ねぎのせてるでしょ。この村からの産地直送・高級品と見せかけて、どこかのお店に不良品を売りつけちゃうつもりなのかなー? よくなーい」
三人は目配せを交わし合い、同時に料理人に歩み寄る……。
一番戸口に近いところにいた男の、屈強な腕がアンリの肩をつかみかけた。その時!
ばっこーん!!
「へ、ぶううううッッ」
その男は派手な音にまみれて、後ろ向けにそっくり返った。
きら、ひらッ……!
にぶい手燭の灯りに、平鍋の底が煌めく。それがあたかも、蝶の羽のようにふわり・ふわりとひるがえる。
ぱこーんッッ!
「焼き目ぇッッ」
アンリの気合とともに、男の側頭部にかえしの平鍋底の一撃が決まって、男はべたっと納屋床にのびた。
「て、てめえッ……」
少し後ろにいた二人が、ともに玉ねぎ箱を大股に乗り越え、山刀を振り下ろしてきた!
がっつん、どんっ。
その左右からの同時の二撃を、やはり同時に受けたのは……。
瞬時にして料理人の前に躍り出た、ビセンテである! いよッ。
右手に短槍、左手に山刀。敵二人の斬撃を下からの受けで的確に差し止めた獣人は、その黄金の右脚をふいいと動かした。
「ぎゃッッ」
「ふぁぁっっ」
空いたみぞおちへの、えぐるような下段蹴り・連発!
二人は体をふたつに折って、後ずさる。その頭に、どんっ。ビセンテは短槍石突きを振り下ろした。もう一人の男の後頭に、料理人も鍋を振り下ろした。ぱこん!
・・・
「北部の傭兵かと思ったけど、違ったね。腕だけ見れば、ただのごろつきかなぁ」
納屋の壁にかかっていた縄束を下ろして、のびた男達の手足をまたたく間にしばり上げながら、イスタが言う。
「はぁー……にしても、すごい臭気だなあ。お姫さまのくれた覆面布で、助かったよ。ねー、ビセンテ?」
うん……ごほん、……うこん色の覆面布を高く目元まで上げたまま、ビセンテは戸口からそそくさと外に出かける。通りすぎる時、そこに突っ立ったアンリをにらんだ。ぎろッ。
首元の赤い覆面布を上げなかった料理人は、焼きたて顔をさらに赤くして、涙と鼻水をぼたぼた落としている……。ひぃーん、そう遠くないところで馬のいななく細い声がした。
「……馬車に木箱を積んで、とんずらするつもりだったのだろうけど。こいつら、このかわいそうな玉ねぎを使って、どんな悪事をはたらくつもりだったのかしらん?」
うううっ、料理人はぐずぐずと双眸を潤ませた……。ああ、腐れ玉ねぎの臭気で目がいたい。強烈である。
・ ・ ・ ・ ・
同時刻。
荒地の向こうの小さな集落、その外れにあるにらねぎ畑の畝道を、そうっと歩くものがあった。
月光が、彼の後ろに細長い影を作る。灌木の垣根に囲まれた、その長方形の畑の中央部分に来たところで、彼は足を止めた。背にした麻袋を、下ろしかける。
「そこまでだ」
前方の灌木垣根から、突如にゅうと二つの人影が突き出て、彼はうっと叫びかける。
白い月を背にしたその二人の姿は、暗い輪郭しかわからない……。
ただ、恐ろしかった。
ばかでかい方の影が、ながい長い棒の先に大鎌をひけらかしている。あまりに巨大、あまりに不吉なその姿は、死神にしか見えない……! いや実際に、彼は死神を見たことはなかったけれど。若い男はその場に、へなへなと座り込んだ。
「……袋を横にどけて、両手を上げな。下手なまねをしたら、首が胴からおさらばするぞ」
言いながら、がさがさと二つの影が近寄って来る……。
「神妙にしやがれ」
腑抜けたように震えるトマロイ青年の前に立ち、ナイアルはぎょろっと目をむいて、短槍を突きつけた。




