11.陰謀は腐れ玉ねぎの香り
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ビセンテが向かったのは、村の西はずれ。テルポシエ市方面に出る主要道にほど近いところ、ぽつんと佇む一軒家であった。わらぶき屋根のこんもりした丸みが月光に浮かぶ、しかしぴっちりと閉められた鎧戸の隙間から漏れ出る光は皆無だった。
「……? ここ、さっき通ったところじゃない?」
「……」
首をひねるイスタの横、アンリは異変を感じ始めていた。
――ここまで来れば、俺にもわかる! 何と言う、くっちゃい臭気だ……。まさに腐れ玉ねぎそのもののにおいが、ぷんぷん風にのって漂ってくるぞッ。
「くそがき」
だしぬけ、ビセンテがイスタを振り返った。
「ひと居んのか。ここ」
「……いないよ。独り暮らしだったおじいさんが、最近になって親戚に引き取られて、今は売り家になってるはずなんだ」
獣人は、深くかぶった外套頭巾の下でぎーんと目を細め、険の強い顔になる。
「……空き家のはずなのに。誰かの気配を感じるのですね? ビセンテさんっ」
あごの先、長く垂れる毛先を揺らして、ビセンテはアンリにうなづいた。
村じゅうが毒騒ぎでぴりぴりしているところなのに、夜半の空き家へ内見に来るやつなんぞいるわけがない。不審である!
ビセンテは抜き足差し足、音を立てずにそろりと家の壁ぞいを回り込む。アンリとイスタがそれに続く……。後ろを振り返らず、ビセンテが頭の横で左手ひとさし指をくっとひらめかした。母屋の後ろ、納屋へ行くらしい!
しかし母屋の壁の陰に、ビセンテは立ち止まった。そこから納屋の方をうかがっている。
ひょい・ひょひょい、ビセンテの背中から顔をのぞかせて、イスタとアンリも納屋の方を見る。
ほんの数歩先にある、納屋の戸が半分開かれて、ぼんやりとした明るさがもれていた。そこに、ぼそぼそと男たちの話し声が流れてくる……。
「……予想したより、少ないな」
「当たり前だろう。こんなもんを大事にしまってる方が、おかしいんだから」
「けど、よう……? もうちっと量がねぇと、芝居道具にゃ役不足なんでねぇか」
アンリの耳にもはっきりとわかる、北の訛りの入った潮野方言だった。
そろり……と猫のような静かなしなやかさで、ビセンテは納屋の戸の脇にすべり込む。動きながら首元の覆面布を上げる、目の下までをぐっと覆った。イスタも同様に、深緑色の覆面布を上げつつビセンテの脇に回り込む。アンリは……、
「ごめん、くださぁーい!」
焼きたてぱんのような顔をてからして、正面ずどんと納屋の戸口前に立った!
中にいた三人の男たちが、ぎょっとして立ちすくむ。
「いや~、俺ってば地図が読めないもので、迷っちゃってー。ここは、何と言う村なのでしょう? 皆さんは、こちらにお住まいなのですよねー?」
善良そのものの顔をぴかぴかさせて、ぐっと内側に入っていく。
「あ、ああ……」
一番手前にいた男が、とりあえずの反応をした。
「お金も全然ないんですよぅ、ほんと困っちゃった! もしご迷惑でなければ、このあわれな旅人に、ひと晩お宿をめぐんでいただけませんでしょうか? こちらの納屋の隅っこで、けっこうですから~」
派手な柄もの外套を引っかけた、がらの悪い男たち三人は、お互いに顔を見合わせる。
「……兄ちゃん。俺たちゃ、ひとに頼まれてここへ品物を取りに来ただけなんだ。手前の道を進んで行けば、村の中心部につくはずだから、そこで頼んだ方がええよ」
にこにこしながら、アンリは首をかしげてみせる。
「へぇー。夜中に傷んだ玉ねぎの大箱を、何でまた~?」
「……」
「上っかわにだけ、ふつうの玉ねぎのせてるでしょ。この村からの産地直送・高級品と見せかけて、どこかのお店に不良品を売りつけちゃうつもりなのかなー? よくなーい!」
三人は、目配せをした。かたり、と歩み寄る……。
一番戸口に近いところにいた男の、屈強な腕がアンリの肩をつかみかけた!!




