10.不審な腐臭をたどって
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「アンリの鍋は、やっぱし最高だね。久しぶりに食べると、よけいにうまいね!」
「ふっふっふ……四日前に配達に来た時、まかないのさば煮を食べさしたばっかりじゃないか」
「十分久しぶりだよ。帰る前に、たくさん作り置きしてってね?」
「いいとも。しかしその前に、にっくき毒まき犯人をぶっ潰さねば」
低い声でぺちゃぺちゃ囁きしゃべりながら、アンリとイスタは暗い田舎道を進んでいた。その数歩ほど後ろを、影のようにビセンテがついて歩く。
日の暮れる前、岬のお婆ちゃん宅で急ごしらえの夕食を済ませた“第十三遊撃隊”は、二手に分かれて辺りを見まわることにした。
シエ半島を背に、村に入る主要道のある西側をアンリとイスタ、ビセンテが巡回する。ナイアルとダンは、東方面の過疎集落へつながる荒野の小道をまわることになった。
「……毒の種類からは、何もわからなかったのだね?」
「うん。イリーの農家なら、どこでも使っているありふれた種類の殺虫毒なんだって」
「そうか……。特別な商号のとか、変わった調合の毒だったら、そこから足がついたんだがなぁ」
「そうだね。ところで最近、ナイアルにお見合い話あった?」
さすが若い子イスタ、唐突な話題切り替えだ。
「ぶっちぎり、皆無だね!」
「何だい、せっかくテルポシエ市内に戻れたってのに。お婿入りのめどは全然たってないの?」
「かわいそうだけど、ナイアルさんのあの器量では、どこのお店の切羽詰まったお嬢さんだって、もらうのをためらうさ……。年齢も年齢だし、これはもう黒羽の女神さまに起死回生の強運を祈るしか、手はないよ」
どこまでも慇懃無礼に言いたい放題の料理人である。ちなみに本人に悪気は全くなく、逆にひたすら副長の運命をあわれんでいるだけなので、さらにたちが悪い。
そうして弟のように思っているイスタと、アンリは仲が良かった。
敵軍捕虜としてつかまえた時は、見るからに栄養の足りていない細っこい子どもだった。しかし一番の成長期を通してアンリの鍋を食べ続けた東部系の少年は、健やかにたくましく大きくなって、いつしか料理人の背丈を追い越したのである。
不幸な生い立ちと悲しい子ども時代、荒みかけても不思議のなかった傭兵見習時の記憶は遥か彼方……。心ゆくまで毎度うまいものを食わせてくれたアンリは、イスタにとって育ての親……ならぬ育ての鍋なのだった。
アンリもアンリで、素直に指示を聞き、下準備を手伝ってくれる存在ができたのはうれしかった。兄のもとでいびり小突かれてばかりいた下積み時代、俺ならそんな教え方するもんかと悔しがっていたのが報われたのだ。
「……おい」
突如、低く背後に湧いたビセンテの声。アンリとイスタは口をつぐみ、足を止めて振り返った。
「どうしました、ビセンテさん?」
「何か毛先に感じるの? ビセンテ」
獣人は、わずかにうなづいたらしい。
「……くさい」
「!! 殺虫毒のにおいですかッ? ビセンテさん」
イスタは顔を上げて、ひくひくっと空気を吸って嗅いでみた。……全然異臭なんてしない、やはり獣人の嗅覚は次元が違ってる、と思う。
しかしアンリをにらみつけたビセンテは、首を横方向に振った。
「ちがう。……くされ玉ねぎ」
「へっ?」
イスタは首をかしげた。
「腐った玉ねぎって……、 あ! もしかして、何か危ない気体が漏れ出ているのかしらん!?」
絶対ちがうぞ、料理人。
ビセンテは、彼らが今しがた歩いて通って来た道の後方に向けて、あごをしゃくった。次いですたすた、早足で行ってしまう。イスタとアンリは、慌てて獣人のあとを追い始める。
「えー、ちょっと……何を見つけたのさー? ビセンテー」
「火の元になるもの、持ってないでしょうねぇー? 着火しちゃったら、すんごい危ないですよう。ビセンテさーん」
だから違うと言うに、料理人。




