表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
庭師が私を攫うまで  作者: 天乃まりの
萌しの篇
14/15

14 交換条件

「まあまあまあ!ようこそいらっしゃいませ!」


にこにこと笑う男———京極壱誠は、背後に嫌そうに顔を顰めるゆりあと、訝しげに壱誠を睨みつける柊一を携え、玄関で待っていた美子に一礼した。


「美子さま、お元気そうで何よりです。先日の毒島グループのパーティーぶりですね」

「ええ、どうぞ上がって、今すぐにお茶を出しますから」


嬉しそうに壱誠を招き入れ、いつもより数段高いトーンの声できんきん喋る美子の態度に、ゆりあは今にも吐きそうな顔をして居心地悪そうに身を揺らした。

それに気が付いた美子の目がきゅっと吊り上がる。


「ゆりあ、何してるの。早く着替えて京極さんをおもてなししなさい。あなたの婚約者なのですよ」

「……はぁい」

「柊一くんも、お迎えご苦労様。あとはいいから、自分の仕事に戻って」

「はい」


柊一はそのまま踵を返し、玄関扉を開けた。客人に気を遣ってか、中の渡り廊下ではなく、外から回って離れに向かうつもりなのだろう。

ゆりあは柊一の後姿をちらりと見て、自分の方を一度も見なかったな、と少し落ち込んだ。


(…私の婚約者が現れたっていうのに、柊一は少しも気にならないのかしら)


心にぼんやりと雲がかかる。言いようのない苛立ちを抱え、ゆりあは階段を上がって自室へ向かった。






制服を脱ぎ、美子にうるさく言われないように余所行きのワンピースに袖を通す。紺色のAライン、五分丈の袖に白色の百合の花の刺繍が施してある。この服を着るのは基本的に源治の仕事相手の家に招かれた時や、逆に客人が来る時、後はせいぜい観劇に行く時くらいなので、柊一の前では着たことがない。もちろんデートにも着て行かない。

なんとなく、この服を着る時のゆりあはゆりあ本人ではなく、御堂家長女という偶像の皮を被るような感覚なので、柊一とのデートにこの服を着ていくのは嫌だったのだ。

逆に言えば自分の婚約者の前でこの服を着るのは、ゆりあの無自覚な当てつけのようなものだった。


ドレッサーで軽く髪を整え、いけ好かない男が待つ客間へ足を運ぶ。


客間の扉を開けると、ソファに腰かけた壱誠がにこやかに出迎えた。

テーブルには既に客人用のカップとソーサーで紅茶が出されていた。香りからして未開封の一級品のものをわざわざ出したらしい。キッチンの戸棚の奥に仕舞われていたのを思い出す。


「ゆりあさん、そのお洋服も素敵だね」

「…どうもありがとう」


失礼にならない程度に笑顔を作り、壱誠の向かいのソファに座る。

壱誠はゆりあの様子に肩をすくめて笑った。


「僕のことが嫌いかい?」

「!!…いいえ、そんなことは。失礼な態度に映ったのでしたら申し訳ありません、今少し学校のことで考え事をしていて」


一瞬ぎょっとして、すぐにゆりあは首を振った。

咄嗟に取り繕って出した話題に、壱誠はほう、と頷き、「どのような?」と含みのある笑みで尋ねた。

———面倒くさい。

ゆりあは素直にそう思った。ただでさえよく知らないうちに用意された婚約者であるのに、先ほどからなれなれしいこの態度。そして詮索が好きそうな目。

ゆりあが警戒するには充分な条件が揃っていた。


「大したことではございませんの、文化祭の準備のことですから」

「ああ、文化祭、懐かしいね。僕も高等学校生だったときはかなり本気で取り組んだよ。ゆりあさんのクラスは何を?」

「皆で作って持ち寄った洋菓子を販売するんですの。私のグループはドーナツを。コーティングするチョコレートをどこから仕入れるか悩んでしまって」


精一杯の作り笑顔でそう答えると、壱誠は「それだったら!」と瞳を輝かせて膝を打った。


「僕にいいツテが。実家が貿易商なんかしてるとね、自然と本場の味を知っていくもんだけれど、初めてブリュッセルの老舗のチョコレートを食べた時の感動が忘れられなくて。父に我儘言って毎年大量に買い付けてもらうんだ。今日も手土産に持ってきたんだ、後でご家族と召し上がって」


興奮した様子でまくしたてる壱誠に、ゆりあは一瞬眉をひそめ、上半身を少しだけのけぞらせて「ええ、ありがとうございます」とだけ言った。


「もしも気に入ってくれたら、いつもうちで買い付けるのと同量をゆりあさんに送るよ」

「あら、そこまでしていただいて、私は一体何を差し出せばよろしいのかしら」


ゆりあがそう言うと、壱誠はハッハッと高らかに笑って、「何もいらないよ」と言った。

タダより怖いものはない———商家の長女として耳にタコができるほど聞いた言葉。

ゆりあは不敵に笑い、「ご冗談を」と唸るような低い声で言った。


「まさか私が婚約者だからとでもおっしゃるの。薔薇の花束の代わりにチョコレートを?京極家の口説き方は変わってますのね」

「いいや、口説くときはもっと夜景が綺麗なフレンチで、白百合の花束を贈るさ。———どれもあの野蛮そうな男にはできない芸当だろう?」


ゆりあの眉尻がぴくりと動いた。


あの野蛮そうな男、というのは間違いなく柊一のことだろう。


「…怒らせたかな。ゆりあさんは使用人を大切に思う素敵な主人だからね」

「…一体何を企んでいらっしゃるの。先ほどからどうにも探られているような気がして、居心地が悪いわ」

「それは失礼を。———ただ、そうだね、『何もいらない』は嘘だ」


壱誠はそう言うと立ち上がり、テーブル越しにゆりあの指先に触れた。


「な———」

「チョコレートを提供する代わりに、僕と文化祭デートをしてくれないかな」






「……はぁ!?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ