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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
最終章

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第87話 光

   *


 ——茜。


 誰かが自分の名を呼んでいる。どこかなつかしい声で、絶対に知っているはずなのに、すぐには声の主が誰なのかが分からない。


 ——茜。


 もう一度、聞こえる。その声は明るく、柔らかく包み込んでくれるような優しさがある。自分に向けてくれる優しい声は誰なのだろうか。


(誰なんだ……?)


 茜がそう心の中で呟くと、同じ声が言った。


 ——よく頑張ったね。父さんの代わりに、充くんと共に沙羅ちゃんを救ってくれてありがとう。


 その瞬間、温かくて大きな手が茜の右頬みぎほほおおう。茜はその手を両手でぎゅっとつかんだ。


「と、うさん……!」


 久しぶりの大きな手にほっとする。

 しかし、その手が次にきゅっと彼女の右頬をつねった。


 ——馬鹿者。我はそなたの父ではない。さっさと目を覚まさんか。


(痛……、ちょっと待て。父さんはこんなことはしないし、話の口調もなんだかおかしい――)


 茜は眉を寄せると、自分が目をつむっていたことに気づく。まぶたに感じる光を頼りに目を開けたが、まばゆい光に慣れるまで何度かしばたたく。その間に、茜の顔を覗き込んでいる者が「やっと起きたか」と呆れたように言った。


「はまふひ……?」


 そこにいた白い着物を身にまとった黒髪の女人を見て、茜は言う。しかし「天つ日」と言ったつもりが上手く発音できない。すると、天つ日はつねっていた茜の頬をぴんとはじき、「我のことが分かるようだな」と言った。どうやら頬をつねられていたせいで上手く発音できなかったらしい。


 茜は理由が分かると大きくため息をつくと、体をゆっくりと起こす。

 どうやら雪の上に眠っていたらしい。いつの間にか空が晴れて雲一つないため、真っ白な雪が光を反射して、辺り一面が眩しいほどの銀世界になっていた。


「もっと他に起こすやり方がなかったのか……」


 茜はつねられていた頬をでながら呟く。


「起こしてやっただけ感謝せよ。それと、我の術の中で受けた傷はある程度治してある。さすがに邪気の力が大きくて完全とはいないがな」


 そのように言われ、沙羅の過去を見ていたのは天つ日の術だったのかと理解する。理由は鷹山以外の人間の世に邪気の影響を与えないためだろうなとは思ったが、聞いたところで教えてくれるひとではないため、尋ねるのは諦めた。


 一連の不可思議な現象について納得すると、茜は自分の腕を見下ろす。肌にはうっすらとあざが残っていた。


 元々消えないことも覚悟していたため、あまり興味もなく「そうか」と呟く。しかし、傷を通して茜は大事なことを思い出した。


「そういえば沙羅は⁉」


 天つ日に飛びかかりそうな勢いで尋ねる。天つ日はうるさいという意思表示をするために、両耳に左右の一指し指をそれぞれ入れてから答えた。


「そんなに大声を出さんでよろしい。——沙羅も無事だぞ」


 天つ日がそう言って、茜の隣をあごで示す。

 そこには髪は白いままではあるものの、邪気がすっかり消えた沙羅が規則正しい寝息を立てて眠っていた。


「良かった……。本当に良かった!」

 

「声を抑えろ。寝かせてやれ」


「あたしのことは手荒く起こしたくせに」


「お前は半鬼だろう。多少荒くてもどうということはない」


「何だと」


 茜と天つ日が言い合っていると、沙羅が身じろぎをした。


「沙羅……?」


 茜はまるで卵からかえるヒナを見守るように、その様子をじっと見守る。

 沙羅はその間にゆっくりと目を覚まし、世界の眩しさに目を細めるとぼんやりとした様子で茜を見た。


「あ、かね……?」


 自分が見ている者を確かめるように尋ねる。茜は大きくうなずいた。


「そうだよ。沙羅。気分はどう? 痛いところはないか?」


「……私は、大丈夫」


 沙羅はゆっくりと答えると、茜の左頬に手を伸ばし「……茜は?」と尋ねた。

 彼女は自分の頬にえた、自分よりも小さな手を左手でそっとつかむと「大丈夫だよ」と言った。


「……ごめんね。私のせいで。痛かったでしょう……?」


 邪気の攻撃のことを言っているのだろう。


「ううん。何ともないよ。ほら、腕の傷も、顔の傷もないだろう?」


 顔の傷がどうなっているかは分からなかった。だが、天つ日の話と、沙羅の茜の顔を見る反応を見る限り大丈夫だろうという確信があった。


「うん……」


 沙羅は小さくうなずくと、茜に次のことを尋ねる。


「でも、どうして茜は……私を助けてくれたの? 私は、茜の父上にひどいことをした男の子どもなんだよ……?」


「沙羅は、あんたのお父さんと、あたしの父さんとの繋がりを知っていたんだね?」


 茜が尋ねると、沙羅はこくりとうなずく。


「うん」


「謝る必要なんかない。沙羅は何も悪くなんかない」


「でも、思うの。父が私をあの屋敷から追い出そうとしなければ、茜の父上があのようなことになることはなかったんじゃないかって……——えっ?」


 沙羅が言い終わる前に、茜は彼女の体を起こしぎゅっと抱きしめていた。

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