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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
第六章

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第85話 一体と浄化

 充は理解がおよばず、目をしばたたかせる。


「へ……? か、体?」


「そうだ」


 桃花とうかはうなずくと、少し首をかたむけて言った。


「充、そなた何も感じておらんようだが、沙羅が邪気によってあれほど苦しめられているのだ。充も本来であれば影響があるのだぞ。邪気に触れれば火傷やけどをすることもあるし、沙羅のように乗っ取られることもある。最悪死ぬこともあるのだ」


 充はごくりとつばを飲み込む。

 そして、桃花に言われて初めて邪気の恐ろしさを実感し、義母ははが「猛毒を使う」と言った言葉の本来の意味を理解した。


(そうか……。だから義母かあさんは、猛毒を使って殺さなくてはならないと言ったんだ……)


 人々に邪気の影響を与えないようにするために。

 桃花は言葉を続ける。


「そなたが今、全く影響を受けておらぬのは、わらわがそなたの体を守っているからである。しかし、それには限界がある。そなたを邪気から守るのであれば、そなたの体の一部の中に妾が出入りできるもの――つまり、桃菓糖とうかとうを持っていればよいが、沙羅の体に付いた邪気を浄化するには、それだけでは無理だ。規模が違いすぎるのでな。ゆえにすべてを浄化するには、一旦妾の力を蓄えておく場所が必要で、そなたの体を使わせてもらいのだ」


 ようやく桃花の言っている意味を理解した。


(それで沙羅が救われるなら――)


「分かりました。どうぞお使いください」


「うむ」


「しかし、僕はどうすれば……?」


「そのままでよい」


 桃花がそう言うやいなや、ふわりと充のほうへ飛んで来る。そのため胸の辺りに戻るのかと思うと、彼女は右手の人差し指を充のひたいに当てた。


なんじ桃花とうかに呼応せよ」


 桃花がそのように呟くと、桃色のまばゆい光が額から放たれ、それが一筋の線となっていくと桃花の額と繋がった。


「行くぞ、充」


 桃花がするりと充の額の中へ入って行く。すると充の体が変化していった。


「う、わ……」


 着ていた着物は、桃花が着ていたような羽衣になり、髪があり得ないほど長くなっている。その上、その色は桃色で、まるで自分が桃花になったかのようだった。指の感覚も不思議で、指先の感覚はこれまでと変わっていないのに、見た目が変わってしまって感じ方のずれを感じる。


『奇妙かもしれんが、今だけ我慢しておくれ』


 耳元で桃花のささやくような声が聞こえた。耳にくすぐったいが、今はそれより見た目の変化が気になる。


「ですが、この姿って女の子になっちゃったってことですか……?」


 充は自分の体を見下ろしたり、腕を伸ばしたりしながら不安そうに尋ねた。桃花はそれを否定する。


『そうではない。そなたの体にわらわの気がまとわりついたせいで、この世界でのそなたの姿が妾に隠れて見えなくなってしまっているのだ。ただそれだけゆえ、そなたが変わったわけではないから安心せよ。邪気が払い終われば、元に戻るゆえ』


「姿が隠れて見えない?」


『なんだ気づいておらなんだか。言うてしまえば、妾たちが今いるこの世界には実体はない。そなたらは半分寝ているような状態で、あま朝見草あさみぐさという術によって意識と記憶を共有させられているのだよ。こうでもしなければ邪気が現世に強い影響をもたらしてしまうからの』


「言っていることがよく分からないのですが……」


『簡単に言えば、そなたらの体は山小屋にあるままということだ。ここは精神世界。ゆえに、そなたの体に実体がないため、妾の力がそなたの体にまとわりついたことで、見えなくなってしまったということだの。まあ、天狐の桜の変化術を使っているとでも思ったら分かりやすいかの』


「ああ、それなら何となく分かります」


『よし。そんなことより、さっさと邪気を払うぞ。そうしなければ我々は元の世界へ戻ることができぬ。邪気というものは、沙羅についていたもののように大きくなってしまうと、実体にも影響するが、本質は実体のないものに影響する。それが大きくなって、人から人へ、妖怪から妖怪、時には妖怪から人に危害を及ぼすようになる』


「なるほど……」


『そうであるから長くここにいるのは危険なのだ。それに、妾の力も永遠とあるわけではないからの』


「分かりました」


『では、充、やるぞ。まずは左手を真っすぐ前に出すがよい』


 桃花に言われた通りに充は体を動かす。


「はい」


 伸ばした腕の先には暗がりが広がっている。暗い中で自分の手が見えるのは、桃花の気が光っているからであろう。


(沙羅、今助けるからな……!)


『よし、そのままにしておれよ。これから強い邪気がそなたにのしかかってくるかもしれぬが、耐えるのだぞ』


 充がこくりとうなずくと、桃花が充の背中の辺りから強い声を発した。


『消えよ、邪気。浄揩じょうかい!』


 すると充の左のてのひらに向かって、黒いもやが一斉に集まってきたのである。


「うわああああっ!」


 掌に黒い靄がぶつかると、兎のような毛の感触をしたものがまるで自分の体内の中に入って来るような感覚におそわれる。実際には、掌の際で桃の光が邪気を浄化しているのだろうが、感じたことのない感触かんしょくに頭が混乱しそうだった。

 その上、掌を通り過ぎた靄は、なめくじのような形となって、陸上に上がった魚のように跳ねて充の左腕をい上がってこようとする。恐怖と気味の悪さで目を瞑り顔を背けると、耳元の後ろで桃花の声が聞こえた。


狼狽うろたえるでない。下手をすると腕を動かせなくなるぞ。しっかり立っておれ』


「だ、だけど……!」


『大丈夫だ。どんな邪気であれ妾が浄化する。そなたに指一本触れさせぬから、そなたは大木のようにしっかりと立っておればよい』


「は、はい……!」

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