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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
第六章

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第84話 縁

「え……?」


「正確には、あの木に宿やどる桃のせいである」


 意味が分からず小首を傾げると、桃花とうかは小さくため息をついた。


「その様子であると、わらわのような存在のこともよく分かっておらぬのだろうな。まあ、妖怪みたいなものであると思ってくれてよい。長い時を経て『気』が溜まりこのような姿として現れるようになったのだ」


 桜のように長い歳月を経て天狐になったのと同じだろうかと思う。

 しかし、どちらにしてもここいる理由がよく分からない。


「そうなのですね。えっと、ですが、どうしてここにいるのですか……?」


 すると桃花は充の胸の辺りを指さした。


「桜がそなたに渡した『桃菓糖とうかとう』は、妾にゆかりのあるものでの。妾の種より新たな木が為した桃の実で作られておるのだ。妾は同じ系統を持つ桃の木や果実の間であれば行き来することができる。ゆえに今、そなたの目の前にいるのだ。『充たちが危ないから助けてやってくれ』と、あまに言われての」


「……天つ日……ということは、お天道さまが?」


 充の問いに、桃花は「そうだ」と言って続ける。


「最初は、気乗りではなかった。というのも、沙羅と言う人間の娘に付いた邪気というのは、人間がおろかにもやったことで、妾が始末をつけるものではなかったからだ。しかし、人の世に手出しのできない天つ日が『何としてもこれは決着をつけねばならぬ』と言うのだ。あの者があれほど懇願こんがんするところなど見たことなどないから余程のことなのだろうなと思ったのと、そなたに一つ贈り物をしてやってもいいと思ったゆえ、ここへ来たのだ。そなたのことは、少し気がかりであったからの」


「気がかり?」


 桃花との繋がりがいまいちよく分からないでいると、彼女は再び小さくため息をついた。知っていたのが自分だけであることに、どこかがっかりしているようである。しかし充が知らなければ話が進まないと思ったのか、桃花が理由を教えてくれた。


「そなたがミツであったとき、地主の屋敷でひどく痛めつけられたあと修が駆けつけたであろう? あのとき、少し不思議に思わなかったか? 閉じられた部屋で、何故修がそなたがあの部屋にいることに気づいたのかと」


 充はそっと修と出会ったときのことを思い出す。あまり楽しい思い出ではないので、できるだけ修と出会ったところに集中して記憶を引っ張り出した。


(確かに、義父さんに見つけてもらう前までは泣いてはいたけど、はっきり声を出して「ここにいる」ということを主張したのは義父とうさんが廊下の辺りまで来てくれてからだ。ということは、義父さんはその前に僕があの部屋にいるということに気づいていたということ。でも、僕が折檻せっかん部屋にいるって気づくのは、部屋の前の廊下を通らないと難しいだろうな……。でも、あんな奥まったところにお客さんは連れてこないだろうし、そもそも屋敷の造りを考えたら折檻部屋と客室は絶対遠いところに作っているはず……)


 桃花に聞かれるまで全く気付かなかったが、あの状況下で体を痛めつけられた充を見つけることは、ほとんど不可能である。

 疑問はもう一つ。何故桃花は、充が酷い目にっていることを知っていたのだろうか。


「……言われてみればそうですね。それにどうして桃花さんが僕のことをご存じなのですか?」


 すると彼女は「まだ気づかないのか」とばかりに、ため息交じりに答えた。


「たまたま修が地主に薬を売りに来ていたのも幸いしたのだが、あやつにそなたを助けるように言ったのは妾であるぞ」


 充はその意味が理解できるのに数秒を要した。


「え……」


「『妾の桃のせいで痛めつけられている子がいる』とな。妖怪は人の目に見えるが、精霊せいれいとなると実体がないので見ることはできない。もし妾に実体があれば、あのときのそなたを助けてやれたがそうはいかなかった。というのも、充が妾を見ることができているのは、ここが作られた世界であるからだ。そうでなければ、普通は見えぬ。だが、修は少しばかり変わった者での。普段から妾のようなものの姿を見たり、声を聞いたりできるのだ」


「じゃあ、あなたが義父とうさんと僕を引き合わせてくださったんですか?」


 充が目をまん丸くして言うと、桃花は満足そうにうなずいた。


「左様。ようやく分かってくれたの」


 充は身震いをするのを感じる。もし義父があの屋敷に来なかったら、そして桃花が義父に充のことを教えてくれていなかったら、自分は全く別の運命を歩んでいたのではないか。そう思うと空恐ろしく、あの瞬間に色んな幸運が重なってくれたことに感謝せずにはいられなかった。

 彼は桃花にきちんと向き合うと、深く頭を下げる。


「桃花さん……じゃなくて桃花さま。その節は僕——いえ、私のことを助けてくださってありがとうございました」


「顔をお上げ」


 桃花に言われ顔を上げると、彼女は優しくほほ笑んでいた。


「辛かったであろう。ようえた」


 しみじみとした彼女の言葉に、充は胸がいっぱいになるのを感じる。


「寄り添ってくださる言葉をたまわることができただけで、私は幸せ者でございます」


 子どものころ、人にはほとんど恵まれなかった。

 家族にも、地主に従う屋敷の人たちにも酷い目に遭わされたが、見ている者は見ていてくれるのだ。それも人ではないこの世に生きる者が、ときに違う形で己を支え、助けてくれるのだと。

 充は、このときようやくはっきりと、「自分の信条に恥じぬ行動をしてよかった」、「兄の罪を暴こうとしたことは決して悪いことではなかったのだ」と、自分の意志を認めてあげることができたのだった。


「それもそなたが日々誠実に生きて来たからであろう。常に真っ直ぐに歩いてゆくことは厳しいし、難しいこともあろうが、信念は曲げずに、これからもよき道を歩んでゆくがよい」


「はい。ありがとうございます」


「よろしい。——さて、出会いの話はこれくらいにして。それと堅苦しいのも好かぬから、あまり難しい言葉も使わないでよろしい。妾は、そなたに贈り物をしたいと思ってここへ参ったのだ。その話をしたい」


「贈り物? 僕にですか?」


「左様。——充よ。そなたの今の望みはなんだ?」


 桃花に問われ、充は望んでよいものかと思いつつも今の願いを口にした。


「……沙羅についた、邪気を払うことです」


 何故か桃花は、嬉しそうにふふっと笑う。


「桜の言う通りであるの」


「どういう意味ですか?」


 しかし彼女はそれには答えなかった。


「いいや、こちらの話である。よい。それをかなえてやろう」


「本当ですか?」


 充はパッと表情を明るくする。これで沙羅を救うことができるし、茜の心配事も亡くなると思った。


「うむ。妾は約束をたがえぬ。しかし、この邪気を払うには、そなたの体を借りねばならぬ」

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