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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
第六章

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第83話 桃の花

(もやのほうから風が……!)


 強い風は砂埃すなぼこりを巻き上げ、黒い靄と共に徐々に充たちの視界を奪う。

 充は腕でひさしを作り、目に砂が入らないようにしながら辺りを見るが、左隣にいるはずの茜すら見えない。

 すると向かい風が来る方向から沙羅の声が聞こえた。


「皆、私のことを嫌っているの……」


 泣いているのではないか。そう思うほどに切なく、悲しい声である。

 充は口の中に砂が入ることもいとわず、彼女に向かって大声でさけんだ。


「そんなことはない! 君のことを大切に思っている人はいる! 僕も、家族に見捨てられた人間だ! でも、大切に思ってくれる人と出会えた! 沙羅! 君はその人に出会えていないと言うの……⁉」


 充の言葉が聞こえたのか、沙羅の声が戸惑ったようにふるえる。


「そ、それは……、それは……」


「君には茜がいるだろう!」


 その瞬間、彼女は忘れていたものを思い出したように苦しみだした。


「うう……、うああああ……ああ!」


「沙羅!——今行くから! 茜、聞こえているだろう⁉ 沙羅のところに行くぞ!」


 充は自分の左側にいるであろう茜のほうに向かって叫ぶ。だが返事はない。

 その間に沙羅が苦しみながら、ぽつり、ぽつりと言葉を発する。

 

「茜……、私を唯一大切に、して、くれ、た人。でも……、私の、父上は、大切な、人の、お父さん、を――」


 沙羅の感情に呼応こおうして、砂埃と黒い靄がむくむくと大きくなると、辺りを完全におおった。

 辺りが真っ暗となり何も見えなくなる。ただ、風は止まっておらず、向かい風のせいでほほに砂が当たるのを感じた。


(沙羅は見えないし、茜には言葉すら届かない……。どうしたらいいんだ……!)


「沙羅! 茜ー!」


 充が声の限りにさけぶ。二人からの返事はまるでない。


「沙羅! 茜!」


 再び彼女たちの名を呼ぶが返事はない。しかしその代わりなのか、再び胸の辺りが桃色に輝きだした。


「……何だ?」


 山小屋のときのように沙羅の邪気を払ってくれるのだろうか。

 そう期待していたが、辺りを覆っている靄は消えてはくれず、暗がりはまるで解消しない。


(何でここだけ光っているんだよ……。邪気を払ってくれないんじゃ意味がないのに……)


 充が悔し気に、光っている胸元をぎゅっとつかんだときだった。突然光の中からにゅっと、人の顔があらわれ、そのまま充の体から飛び出したのである。


「うわあ!」


 充は何が起こったのかが分からず、驚いて逃げ出そうとする。だが、襟首えりくびを捕まれ動きを封じられてしまった。充は為すすべもなく、じたばたと最後の抵抗をする。すると、襟首をつかんでいる者が声を発した。


「逃げるとは無礼ぶれいな」


 可愛らしい娘の声である。充が動きを止めると、掴んでいた手がぱっと離れた。逃げないと思ったのだろう。恐る恐る後ろを振り向くと、頭の高い位置に二つのお団子に結わえり目をした童女どうじょが、きれいな桃色をした羽衣をまとってちゅうに浮いていた。

 

「あなたは……?」


 子どもであることが分かり、警戒心を解いた充が童女に問うと、「わらわは、桃花とうかである」と答えた。


「桃花……?」


 充が不思議そうに聞き返すと、童女は見た目に似合わず「左様さよう」とうなずく。


「どちらさまで?」


 再び充が問うと、彼女は小さくため息をついた。


「なんだ。わらわのことを覚えておらぬのか」


 残念そうに言われる。しかし「桃花」という少女にあったこともなければ、話しに聞いたこともなかったので、充は困惑しながらも正直に答えた。


「そう……ですね。会っていたらきっと覚えていると思うので……」


「ふむ。おさむめ、『伝えておく』と言っておったが、ミツに伝えなかったのだな」


 桃花は細くて白い指であごりながら、ため息交じりに呟く。

 一方の充は、桃花の何気ない言葉に耳を疑った。義父ちちである「修」の名前と、充が葵堂に来る前までに使っていた「ミツ」という名前を口にしたからである。


「え……? 今、『ミツ』って言いましたか……?」


 戸惑いながら尋ねると、桃花は左のてのひらに右手のこぶしをぽんとおいて合点がてんした。


「ああ、そうであった。そなたの名は『充』になったのであったな」


「何故、義父ぎふの名前と、僕の昔の名前を知っているのですか?」


 一人で納得する桃花に、充は硬い声で尋ねる。すると彼女はどこからかの長い団扇うちわを取り出して口元を隠し、目元をすうっと細めると、充に近づき顔を寄せた。


「本当に知らぬのだな。ふーん……」


「……」


 充の顔を十分堪能(たんのう)したからなのか、まじまじと見るのをやめて彼と少し距離を取ると彼女は次のように言う。


「妾は、そなたの兄が無断でもいだ、地主の土地にある桃の木であるぞ」

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