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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
第六章

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第81話 沙羅の過去

「どういうことだ?」


 怪訝けげんな顔で如月が理由を尋ねると、イチは言った。


「鬼の邪気を払うために、お嬢さまを外に出したことにすればよいのです。つまり生贄いけにえというわけです。生贄は誰もしたがらないもの。そして世の地主たち、村長たちは我が身可愛さに己の子を差し出すことなどあり得ません。しかし、如月きさらぎさまがそこを渋々ながらもお嬢さまを出すことを決断するように見せれば、あなたさまへの支持も盤石ばんじゃくになるというものです」


 沙羅を外に出すことの利点しかなくなるようにする。その話を聞くうちに、如月は納得の表情を浮かべた。


「なるほど……」


「それと、この度の件を請け負うとなると、請求金額が二十五両(=約300万円)かかります。ですが、我々の考えを受け入れてくださるのであれば、一銭もいりません。いかがでしょうか」


 イチの言った金額に対し、充は思わず目を丸くする。


(二十五両……⁉ 義父とうさんが僕の家族に支払った金額も五両だったから、すごい大金だって思ってたけれど、こっちはその五倍だなんて……)


 沙羅の父親は、大金を出してでも娘を家から追い出したかったのだろう。それも己の名誉めいよが傷つかないようにするために。


破格はかくの待遇ですね」


 如月が嬉しそうに言った。それもそうだろう。村長で二十五両を用意するのはそう簡単なことではない。払わなくて済むならそれに越したことはないに決まっている。


「特殊な事案ですから。——で、いかがなさいましょう?」


 イチの問いに如月はすぐに首肯しゅこうした。


「もちろん、イチ殿が提案してくださった内容でお願いいたします」


「かしこまりました」


 イチがそう言って、頭を下げる。すると二人の男の姿が煙のごとくふわりと消えた。


「また、消えた!」


 先ほどの沙羅と彼女の父親の状況と同じである。

 今度はどこに目を向けたらいいのだろうと思っていると、茜が彼の腕を小突こづいた。


「どうしたの?」


 茜が見ているほうに視線を向けると、充は目を疑った。こちらを背にして静かに部屋を離れていく沙羅の姿があったのである。そして彼女の姿もまた、煙のようにして消える。


「まさか……、聞いていたのか?」


「おそらく」


「……」


 しかしそうであるなら辻褄つじつまが合う。

 何故、沙羅が茜のことを「可哀かわいそう」と言っていたのか。己があれほど苦しみながらも、茜を頼ろうとはしなかったのか。

 彼女は自分のせいで、茜の父親が巻き込まれたと知っていたのである。


ひどい奴らだな」


 沙羅が消え去ったあと、茜がぽつりと呟いた。


「茜……?」


「沙羅の父親が全ての元凶げんきょうだったとはね。そして沙羅は、私の父と自分の父親の繋がりを知っていたんだ」


 そう言って、自嘲気味じちょうぎみに笑う。充には茜が自分自身を責めているように見えて、ふと顔をそむけた。


「……うん」


「何て馬鹿なんだ。あの子は何も悪くないのに……。自分が話を聞いていたことに心を痛めている……」


「そうだね……」


 充が呟くとしばらく二人の間に沈黙が降りる。沙羅と茜の間にある勝手に作られた深いみぞ。そのことに対してどういう言葉をかけたらいいのか分からず、彼は少し話をらした。


「ねえ、でもさ、どうして僕たちは沙羅のお父さんとイチっていう人の会話と、沙羅とお父さんの喧嘩……みたいなものを見ているんだろう?」


 充の問いに、茜は如月とイチがいた部屋を見つめながら一つの答えを導き出した。


「多分、あたしたちは沙羅の過去を見ているんだ」


 思ってもみなかった答えに、充は目を丸くする。


「過去? まさか、僕たち昔に来てるってこと?」


 時をさかのぼることができることがあるとは思えなかったため、充が興奮気味に聞いた。すると茜は深紅しんくの瞳で、ちらりと充を見てから否定する。


「いや、さすがにそれはないと思う。あくまで、『過去を見ている』だけだ。周りを見てみろ。沙羅とあの子の父親以外には、あの若い男しかいない。多分、二人に関係ある人しか出てこないし、あたしたちも見られない」


 充は首をひねった。


「分かるような、分からないような……。どちらにしても、ここからどうやって出るんだ? 沙羅もいなくなっちゃったしさ……。まあ、あの子が『今』の沙羅なのかよく分からないけど……」


「そうだな……」


 すると廊下に入ってくる光が明るくなった。外のほうに目を向けると一気に雨が上がり、再び空が晴れ渡る。

 しかし今度は、夏のように日照ひでりが強い。不思議とあまり暑さを感じないが、夏の虫がわんわんと鳴いていていた。


「季節が変わった……」


 充が呟くと、さらに日の光がかたむき夕方の日差しになってきた。柔らかい光と言えば優しいが、いつの間にか空に広がった雲は真っ赤にまり不気味な色になってくる。


「何が起こるんだ?」


 景色の急激な変貌へんぼうに充は戸惑う。だが茜は外の景色が変わっても、部屋の中を見つめたまま動かない。


(茜は、何を考えているんだろう……)


 そう思うが、話しかけられる雰囲気でもない。

 仕方なく黙って空を見ていると、茜が急にはっと振り向いて、廊下をけだした。驚いて彼女の背に声をかける。


「茜⁉」


 するとちらと振り向いた茜が言った。


「声が聞こえた! 行くぞ!」



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