第80話 過去の真実
「念のためにお聞きしますが、お嬢さまが婚礼の儀ができる年齢になるまで待つということは考えていらっしゃいますか? それか婚約者を見つけてその家で預かってもらうとか」
すると如月は嘲笑いつつ答えた。
「そのつもりは毛頭ありません。頭がいい女など誰がもらいましょう? それに仮に娘をもらいたいという家があったとしても、嫁にやって如月家の素質を疑われたくないのです。どこまでも勉学に執着している娘を見る限り、外へ出ても本性は隠せないでしょうから」
(酷い……)
充は思わず拳を握っていた。
沙羅の父親は「女は頭が良くてはいけない」と、ただそれだけで自分の娘を分類している。一人の人間として、自分の血を引く娘として見ていないのだ。
(沙羅はどんな気持ちでこの家にいるんだろう……)
家族にないがしろにされる気持ちは、充も分かる。
誰も自分のことを気にしていないのだ。充の場合生活するのに手一杯というのもあったが、それでも自分のことを気にかけてくれていたら、苦しいなかにも楽しさを見いだせたのではないかと充は思う。
しかし、充の父は金に目がくらんで息子を売った。
結果的に充にとっては良かったことだったが、思い出すたびに心の奥底がちりっと焼けるような痛みを感じる。それはやはりどこかで、自分の人生の始まりがあそこにあるから、失いたくないような、否定したくない気持ちがあるからかもしれなかった。
イチは如月の考えを聞くと、しかとうなずいた。
「……そうですか。如月さまのお気持ち、よく分かりました。ご依頼を承りましょう。ですが、こちらからもお願いがございます」
「支払いのことですか?」
「それもあるのですが、もしそのお願いを引き受けてくださるのなら、一銭もいただくても構いません」
すると如月の表情が奇妙に歪む。
沙羅のために金を使うことすら嫌だということなのだろう。「一銭も払わなくていい」と言われて嬉しさを隠せないようだった。
「そのような上手い話があるのですか?」
「ええ。お話しても?」
「聞きましょう」
イチは出してもらった茶を一口飲んだのち、次のように切り出した。
「如月さまはお気づきではないようですが、この村には鬼が住み着いております」
その瞬間、充はその「鬼」が誰のことか気が付いてしまい、茜のほうをちらりと見る。すると彼女も、イチが言っている「鬼」が自分の父親であることに気が付いたようで、ぎゅっと眉をひそめていた。
「茜、無理して聞かないほうがいいんじゃ……」
気を使ってそう言うと、彼女は冷えた声で「知っていたのか?」と充に尋ねる。その声には「何故黙っていたんだ」という気持ちも見え隠れしていたようだった。
充は悪気があって話をしなかったわけではないことが伝わるように、二人の関係を知ったことについて簡潔に述べた。
「今朝、義母さんに聞いたんだ。沙羅が化け物のようになってしまったのには、沙羅と茜のそれぞれの父親が関わっているって」
「……そうか」
「茜、あの――」
どういったらいいのか分からず、言葉を詰まらせると、茜は不穏な話をする男たちから視線を逸らさずに静かに言った。
「今はこいつらの話を聞こう。話はそれからだ」
「……うん。分かった」
充は茜の気持ちを察してうなずくと、彼女と同じように男たちの話に耳を傾けた。
「鬼ですか?」
如月の表情が明らかに不快そうに変化する。
「ええ。妖怪の中でも特にずる賢く、力の強い者です」
「いや、しかし……私が父より村長の役目を引き継いでからも、鬼の姿など見たことはありませんが……」
「それが上手く姿を隠しているのですよ。人間に化けているのです」
イチの説明に、如月は身を乗り出した。
「そんなことができるのですか?」
「妖怪たちが使う妖術を使えば朝飯前です」
「それで? その鬼を対峙してくださるというのですか?」
「はい。その機会を我々に賜りたいのです」
「しかし何故金銭が不要であると? こういうものは大変お金がかかるものだと風の便りでお聞きしますが」
「おっしゃる通りで、お金がかかります。しかし、我々はまだ認知されていない組織なのでございまして、今回の仕事を広報に活かし、また新たな仕事を請け負う機会としたいのでございます。その点で、ここにいる『鬼』が大変好都合なのです。鬼退治というのはそう容易ではありませんから、確実に成功しましたら他の地で妖怪たちも我々に頼みやすいというものです。ですから、この件をお任せいただけるのであれば、娘さんの件もまとめて対処し金銭もいただきません。ただし」
「何です?」
「お嬢さまを外に出すには、数年かかることだけはお許し願いたいのです」
すると如月は体を元に位置に戻し、あからさまに大きなため息をついた。
「今すぐにでも、外に出したいと申していることを忘れましたか?」
しかしイチは自信のある声を変えずに言う。
「如月さまは、嬢さまを外に出すきちんとした理由をお作りになりたいのでしょう。そうであるならば、その数年を待ってでも価値があります」




