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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
第六章

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第79話 訪問してきた男

 屋敷の人の見える位置にいても、あちらは充たちのことに気づかないことは分かった。

 とはいえ、さすがに断りもなしに人の住まいを闊歩かっぽするのは気が気ではない。充は申し訳なさそうに少し背を丸めながら、茜の後ろをついていった。


「なあ、どこまで行くん――ぐっ。茜、急に止まるなよ」


 周りに意識を向けていたせいで、茜が立ち止まったことに気づかず、背中に思い切りぶつかってしまう。文句を言ったが、茜は「悪い」と軽く謝ると、「だが、見ろ」と言って目線で、自分たちが立っている廊下の左側にある部屋を見るようにうながした。


 するとそこには、先程「父上」と「小さい沙羅」に呼ばれていた人物が、立派な座卓ざたくはさみ、若い男と対峙たいじしている。座卓の上には茶と、茶菓子が用意されており、相手が上客であることが伺えた。


(どういう関係の人だろう……)


 充は若い男のことをじっと観察する。

 彼はこちらに背中を見せつつも、若干右の首筋が見えるような角度で座っている。

 そこから分かるのは、髪型が特徴的であるということ。おくれ毛が肩まであり、そこから首の後ろに向かって徐々《じょじょ》に短くなっているのである。きれいに切れらた毛先のせいか、骨ばったあごのあたりがより一層鋭さが強調されており、何となく近寄りがたい雰囲気がある。

 その上、僧侶が着るような墨色に近い着物に身を包んでおり、見える首筋の肌の白さが際立きわだっていた。


如月きさらぎさま、お初にお目にかかります。わたくしは『イチ』と申します。どうぞお見知りおきください。ご依頼をくださったとのことで、我があるじに命じられせ参じました」


 充が感じ取った雰囲気とは裏腹うらはらに、若い男の声はやわらかく、優しい感じがある。

 一方の「如月」と言われた男は、先ほど「小さい沙羅」の頬をった彼女の父親だ。相手が客人ということもあってか、先ほどと同一人物だとは思えないほど穏やかな笑みを浮かべ、物腰の柔らかいしゃべり方をする。


「天気の悪い中、お越しいただきまして恐縮です」


 外ではざああと強い雨が降っており、中庭に面している廊下から窓の外を見ると、地面に水溜りができていた。

 この中を歩いてきたのは確かに大変だろうなと思っていると、イチは「お気になさらず」と言って続けた。


むしろこの雨が、我々の重要な話をかき消してくださいましょう」


 充がどういうことだろうと思っていると、如月は嬉しそうにふっと笑う。彼にとってはイチの言葉は気のいたものだったのだろう。


「そうだな」 


「では、早速本題に移りましょう。我ら『邪道じゃどう』に連絡を入れられたということは、こちらがどういった仕事を請け負っているのかご存じであるとご理解していることと思います。それでいてなお、我らにどのようなことをお望みですか?」


 充は「邪道」という言葉に、はっとする。

「邪道」は、茜の父の血を使い「墨」を作り、その状態を試すために沙羅を利用した者たちであると義母ははが言っていた。


(どんな話をするんだ……?)


 充はごくりと唾を飲み込むと、二人の会話に耳をそばだてる。

 すると如月は少し慎重な声でイチに尋ねた。


「聞いた話によると、あなた方は顧客の様々な要望に応えてくださるのだとか」


「内容と料金によりますが、大抵のことはお受けいたします」


「では、あなたがたの力を見込んでお頼みします。我が娘を穏便にこの家から追い出していただきたいのです」


 その一言に茜と充は息を飲む。だが、驚いたのは彼らだけではないようだった。

 イチもまさかの依頼に戸惑ったのか、一瞬間を空けてから「ご冗談を」と言って笑う。

 しかし、如月は机を拳で叩き「本気です」と怒鳴った。

 それに対しイチはすぐに笑いを引っ込め、静かに問う。


「お嬢さまを追い出すのですか? それはどういった理由で?」


「この家のためです」


「家のため?」


 イチは不思議そうに聞き返す。すると如月はため息交じりに答えた。


「娘は、あまりにも勉学に興味がありすぎです」


「それはこの家にとって良くないことなのでしょうか」


 すると如月はキッと彼をめ付けた。


「良いわけがありません。女が学問など、末代までのはじです。女はしとやかに、いつか妻となり母になることだけを考えていればいい……。娘があまりに勉強をするので、息子は世継ぎの意識がないのか、さっぱりいたしません。お陰でどちらが世継ぎが分かりませんよ」


「『地主』という地位の跡継ぎのことについてはよく存じ上げないのですが、男児が世襲するものなのでしょうか」


 イチの問いに、如月は胡乱うろんげな視線を向ける。


「不思議なことをお聞きになりますね。どこの世もそれが普通でしょう。女が上に立つなどあり得ません。お尋ねしますが、あなたのところでは女が上に立つことがあるというのですか?」


 如月の質問に、イチは静かに答えた。


「いいえ、ございませんね」


「そうでございましょう」


 如月は満足そうにうなずいたが、充は聞いている限り、イチは彼に合わせて答えただけのように思えた。


「娘は我が家にとって、そしてこの村にとっても害です。勉強をするなと言ってもするのですから、追い出すしかありません。しかし、地主が娘をどこかへやったというのはさすがに評判が悪いでしょう? ですから、何かいい方法はないかと思ったのです。呪いでも何でもいいから、あの子を我が家から遠ざけてほしいのです」


 イチは「なるほど」と呟き、あごを軽く手ででたあと次のようなことを言った。

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