第76話 光が連れてきた場所
(な……に……?)
充がその光に驚いていると、黒い靄を纏った沙羅が苦しみだした。
「うう……うあああ!」
すると充の首を絞めていた靄の力が急に弱まり、そのまま下に落とされた。
「かっは……! けほっ……げほっ」
大した高さではなかった上に、ふかふかの雪の上だったため、充は安全に着地をする。そして、そのまま座り込むと体の反応するまま呼吸をした。ほんの短い間呼吸が上手くできなかっただけだが、体が必要な空気を取り込もうとしてむせる。
ようやくいつも通りに息ができるようになると、雪が降ったときに感じる独特な空気の澄んだ香りがして、ほっとした。
(よかった……)
「充!」
ほっと息をつくと、茜が駆け寄ってきて充の傍にしゃがんだ。
「大丈夫か⁉」
充は首の辺りをさすりながら、苦笑してうなずいた。
「何とか……」
茜はそれを見てほっとした表情を浮かべる。
「そうか……。ところで、その光は何だ?」
言われて自分の胸の辺りを見てみると、今だに淡い桃色の光が輝いていた。
「何だろう……」
充もよく分からず眉を寄せたまま、わら蓑をかき分ける。さらに着物の懐に手を入れて、光っているものの正体を探ってみると、ある物が手に当たった。
(何か入れてきたっけ……?)
疑問に思いながらそれを取り出してみると、掌には上等な白い和紙で包まれたものが乗っており、きらきらと光を放っている。
「これは?」
茜が首を傾げると、充は「桃菓糖だ……」と呟いた。
桜に貰ったお土産の品である。
昨日のうちに、義母に「桜から桃菓糖をもらった」と報告しなければならないと思っていたのに、銀星の態度の変わりっぷりに驚きすぎてすっかり忘れており、今朝は今朝で、風流の話でそれどころではなく、入れてきたことすら気づかなかった。
「もしかして、桃を嫌がっているのか……?」
「よく分からないけど、そうかもしれない……のかな……」
充は茜の問いに小首を傾げつつも、桃菓糖を沙羅がいるほうにそっと向ける。
すると彼女は頭を抱えて呻き、一歩、また一歩と後ろに下がっていく。
「うう、や、めろ……」
「沙羅が、苦しんでいる……」
どうやら茜の言う通り、桃を嫌がっているらしい。
しかしあまりにも苦しそうにしているので充が心配そうに沙羅のことを見ていると、茜が沙羅のほうを指をさしながら「充、靄をよく見ろ」と言った。
「え?」
「邪気が僅かに浄化されているみたいだ」
茜に言われ、目を凝らしてみる。
すると靄の端っこがじゅ、じゅと音を立て、少しずつ消えているのが分かった。
「そうか、それで沙羅が苦しんでいるのか……」
「感心している場合じゃないぞ。そんなことより、今だったら桃守香を飲ませられるかもしれない」
茜はすっくと立ちあがると沙羅に向かって駆け出し、振り向きざまに「来い、充!」と指示を出した。
「え? あ、うん!」
充は気持ちは急きつつも、体の状態を確かめるようにゆっくり立ち上がる。
(よし、大丈夫そう)
首を回してみても痛みはなさそうなので、充は沙羅がいるほうへ歩き出した。
ずぼ、ずぼと積もった雪の中を歩く中、一方の茜は靄の攻撃を搔い潜って近づいていく。
しかし桃菓糖の光がよっぽど効いたのか、先ほどのような鋭くて正確な攻撃ではなかったため、茜は距離を縮めると、抵抗する沙羅をあっという間に羽交い絞めにした。
「充! 頼んだ!」
茜はしっかりと沙羅の動きを封じ込めると、充に向かって叫ぶ。
「分かった!」
充は駆け足で近づきながら、袂から桃守香がくるまれた薬包紙を取り出した。
(零さないように気を付けないと)
充がそう思って薬包紙を開きかけたときだった。今度は薬包紙から強い光が放たれたのである。
「え⁉」
「何⁉」
「あああああ!」
三人はそれぞれに驚き、一斉に目を瞑る。
その間に、桃菓糖から放たれたものとは比較にならない眩い光が、三人を飲み込んでしまった。
*
「何がどうなったんだ……」
充はゆっくりと目を開けると、目の前には穏やかな青い景色が目に入った。
(空だ……)
ゆっくりと流れる雲を見る限り、充は自分が横になって空を眺めた状態であることに気が付く。
「大丈夫か?」
茜は、横になっている充の顔を覗き込みながら尋ねた。
先ほどまでほんのり光っていた赤い髪は元に戻っている。そのため充は「妖術が使える時間が終わったのかな」などとぼんやり思った。
「大丈夫だけど……、どうなったの?」
充は体を起こしながら尋ねる。しかし、目の前に広がる景色を見て充は驚いた。
「え……?」
先ほどまで一面銀世界の鷹山にいたはずなのに、現在は全く見覚えのないところにいたのである。
「こ、ここどこ? 鷹山は? それになんかお屋敷の中にいるみたいなんだけど、これって怒られるんじゃ……?」
近くには立派なお屋敷と、質素だがしっかりとした門が構えられ、それ以外は手入れされた庭がある。鷹山は冬だったはずだが、ここは春のように暖かく、淡い青空のなかで雲は緩やかに流れていて長閑だ。
(わら蓑は脱いでいいな……)
充は空気が暖かいため、自分が着ているわら蓑を脱ごうと思って体に触れる。だが、わらの感触が全くしない。何故だろうと視線を下に向けると、わら蓑は身にまとっていなかった。
(あれ……? どこかに置いてきた?)
充がきょろきょろと辺りを見渡すと、「どうした?」と茜が尋ねる。
「いや、僕のわら蓑がなくて……」
「……そうだな」
茜は意味深長にぽつりとそう呟く。しかし、充には意味が分からない。着ていたわら蓑がないということは、自分がどこかで脱いだが、誰かが脱がせたか以外にないはずである。
「……茜が脱がせてくれた、とか?」
おずおず尋ねると、「あたしが脱がせるわけがないだろう」とぴしゃりと言い放たれる。
「そんなこと言ったって、他に考えられないじゃないか」
充がぼそぼそと反論するが、茜は聞く耳持たぬのか立ち上がって話を逸らした。
「少し様子を見よう。それにあたしと充がここにいるってことは、もしかすると沙羅もここにいるかもしれない」
「え? あの状態の沙羅がいるの? それって危険なんじゃ……って、茜、どこに行くの?」
充が話している間に、茜は歩き始めていた。
「調べないことには何も分からない。周りを見てくるから充はここで待ってな」
どこだか分からない場所に一人にされるのは真っ平である。何があるか分からないため、充は急いで立ち上がると茜の背について行った。
「わっ、ちょっと待って。僕も行くよ」




