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薬屋葵堂と赤鬼物語  作者: 彩霞
第六章

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第73話 合流

     ☆


「つ、着いた……」


 歩くよりも少し速いくらいの速度で斜面しゃめんを登って来た充は、体感的に半刻(十五分くらい)で山小屋のある場所まで辿たどり着いた。


(沙羅と茜は……?)


 荒い息を整えながら、周囲を見渡す。

 しかし、誰もいない。それも奇妙きみょうな感覚の静けさがある。


(何だろう……。生き物の気配がまるで感じない)


 雪で音が響かないのとは違う。

 冷たい空気がぴんと張り詰めて、肌がひりひりとするような緊張感がただよっていた。


(風もぴたりと止んでいる……。周りに音がなさ過ぎて、僕の呼吸がうるさいくらいだ……)


 それを理解した途端、急に誰もいない白銀の世界にたった一人いるかのような孤独感が襲ってきた。ここまで懸命に走ってきた足すらも恐怖のためにすくんでしまう。

 しかし、自分が行かなければ沙羅を助けることはできない。


「……」


 充は左のたもとを引き寄せると、きゅっと握った。そこには薬包紙やくほうしに包まれた桃守香とうしゅこうがある。


(よし、行こう)


 間違いなくそれがあることを確認し、これまでのことが夢ではなく現実であることを感じると充は身をかがめながら山小屋に向かって歩き出した。


(沙羅と茜はどこにいるんだろう……)


 充は時折立ち止まり、辺りを見渡し二人の姿を探す。

 だが、視界に入るのは一面真っ白な銀世界だけ。


(風流があんなに騒いでいたから、茜も沙羅も目立つところにいると思ったけど、もしかして山の中に入って行っちゃったのかな……)


 充が辺りを警戒けいかいしながら、少しずつ歩を進めていたときである。急に視界が暗くなったのだ。


(雲……?)


 日の光を厚い雲がさえぎったのだろうか。

 そう思って見上げると、真っ黒いもやが充におおいかぶさろうとしていた。


「……!」


 しかし咄嗟とっさのことで体が動かない。


(どうしよう……。どうしたら……)


 充が呆気あっけに取られて固まっていると、山小屋のほうから声が聞こえた。


「充!」


 充が声に反応するよりも早く、体に衝撃しょうげきを感じる。どうやら声の主が走ってきた勢いで充の体に体当たりし、そのまま雪の上をすべって、一気に靄の外へ弾きだしてくれたようだった。

 靄の影から出ると声の主は立ち上がり、充の左腕をつかんで「走れ!」と命令した。

 充はそれに従い、一緒に走り出す。目の前を走る赤い髪を一つにまとめたの人物の背を見て、彼は嬉々《きき》とした声を上げた。


「茜!」


 捜していた者が見つかって安堵あんどした充に、彼女はまだ誰も足を踏み入れていない雪の積もったところにずぼずぼと入って行きながら怒鳴った。


「馬鹿! 邪気があるところに突っ込んでいく奴があるか!」


 開口一番に怒鳴られ、充は不服そうに下唇したくちびるを突き出す。


「そんなことを言われても状況が分からないし……」


「体で感じれば分かる!」


「そんな無茶苦茶な……」


「来る!」


 だがまた攻撃が来たのか、充は茜に横抱きにされると、その場から飛び退すさった。


「うわっ!」


 驚いて目をつむると、体にこれまで感じたことのない浮遊感を覚える。

 何が起こっているのかとそろそろと目を開けると、眼下に山小屋の屋根と、火柱のように立っている黒い靄が視界に入った。


「え、は⁉ 浮いている⁉」


 充が初めての出来事に狼狽ろうばいしていると、茜がいちいち驚くなと言わんばかりに「じっとしてろ、落ちるぞ。それと口を閉じろ、着地する」と言う。


「え? 何——」


「あたしの妖術は、天狐たちのように滞空たいくうできるわけじゃないからな」


 茜がそう言った次の瞬間、一気に落下する感覚が体をおそう。


「うっ!」


 恐ろしくて再びまぶたをぎゅっと閉じ両の手でこぶしを握ったが、その間に体が地面を感じた。


「着いたぞ」


 茜に言われ、そろそろと目を開ける。見たことのない位置からの景色であったが、すぐに山小屋の屋根の上に降り立ったことが分かった。


怪我けがはないか?」


 降ろされながら尋ねられ、充はへなへなとその場に座り込んで「うん……、何とか……。ありがとう」と何とかお礼を言った。


「悪かったね、急にんだりして。危なかったからさ」


 茜は屋根の上に立ち、黒い靄の様子をじっとみている。


「茜は、空を飛べるんだね……。知らなかった」


「いや、これは『飛べる』とはいわないさ。さっきも言ったように、空中にとどまることはできないからね。単に跳び上がる力を妖術で強くしているだけだ」


「妖術……?」


「髪に光が宿っているとき、あたしは妖術を使うことができる」


 充はぽつりと呟き、首の後ろで一つに結わえた茜の赤い髪を見る。

 すると日の光で反射したのとは違い、ぼんやりと光を放っているのが分かった。


「強くなるってこと?」


「そういうことだ。だが、永遠に妖術を使えるわけじゃない。妖力のたくわえが必要なんだ。しばらく使っていなかったから、ぎりぎり半日持つかというところかな……」


 最後のほうは独り言のようにして、靄の様子をうかがっている。

 今はそんなことを話している場合ではないということだろう。

 充も茜が見ているほうに視線を向けた。

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